世《よ》の譬《たとへ》にも天生峠《あまふたうげ》は蒼空《あをぞら》に雨《あめ》が降《ふ》るといふ人《ひと》の話《はなし》にも神代《じんだい》から杣《そま》が手《て》を入《い》れぬ森《もり》があると聞《き》いたのに、今《いま》までは余《あま》り樹《き》がなさ過《す》ぎた。
 今度《こんど》は蛇《へび》のかはりに蟹《かに》が歩《ある》きさうで草鞋《わらぢ》が冷《ひ》えた。暫《しばら》くすると暗《くら》くなつた、杉《すぎ》、松《まつ》、榎《えのき》と処々《ところ/″\》見分《みわ》けが出来《でき》るばかりに遠《とほ》い処《ところ》から幽《かすか》に日《ひ》の光《ひかり》の射《さ》すあたりでは、土《つち》の色《いろ》が皆《みな》黒《くろ》い。中《なか》には光線《くわうせん》が森《もり》を射通《いとほ》す工合《ぐあひ》であらう、青《あを》だの、赤《あか》だの、ひだが入《い》つて美《うつく》しい処《ところ》があつた。
 時々《とき/″\》爪尖《つまさき》に絡《から》まるのは葉《は》の雫《しづく》の落溜《おちたま》つた糸《いと》のやうな流《ながれ》で、これは枝《えだ》を打《う》つて高《たか》い処《
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