隣の家
與謝野晶子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)館《やかた》

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84]ルサイユ宮
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 私達が去年から借りて住んで居る家の左隣は我国の二大富豪の一として知られた某家の一族の邸である。私の家との間に高さ一丈余りの厚い煉瓦塀が立つて、其上に忍び返しが置かれて居る。その塀に接近して建てられた私の家は全く風通しが悪いので今日此頃の暑さが非常である。おまけに塀の上部に隣の庭の高い木立が黒味を帯びた緑をして掩ひかぶさつて居て、その木蔭から発生する無数の藪蚊が塀を越えて断えず私の家に襲来する。蚊遣線香をのべつに焚いても防ぎ切れない。私の家の多勢が又しても呟き呟きアンモニヤを手足へ附けて居る。大きな体をした悪性の藪蚊で、子供や女中の中には螫された跡が飛ぶ火と云ふ発疹物のやうにじくじくと気持悪るく膿を持つて両脚一面にお医者さんから繃帯をして貰つて居る者さへある。
 其塀の彼方は広い立派な庭になつて
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