あると思っています。この事を平塚さんが識別されるなら、私たちの主張に賛成して、私たちの議論の形式的に不備な点を補修されることはあっても、私たちの根本思想に反対される訳はないはずです。それとも平塚さんは、すべての母は国家に保護される権利を持っているから、必ずしも経済的に夫婦相互の独立を計る必要はない。妊娠、分娩、育児の期間は良人《おっと》に妻子の扶養を要求し、良人が無力であれば国家にそれを要求すれば好い。従って経済上の無力から生ずる不幸が十分に予見されていても構わず、恋愛さえ成立すれば結婚して、養育の見込の立たない子女を続々と挙げるのが今後の世界に認容される夫婦生活の公準であると主張されるのでしょうか。
 平塚さんは「十分な言葉の意味で、母の経済的独立ということは、よほど特殊な労働力ある者の外は全然不可能なことだとしか私には考えられません」といわれ、併せて私の主張のように経済的に無力な婦人は結婚を避くべきものだとすれば「まず現代大多数の婦人は生涯結婚し分娩し得る時は来ないものと観念していなければなりますまい。……如此《かくのごと》く今日の社会においては所詮実行不可能な理想を要求し、結婚年
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