ふので、私は花岡、石田二氏への言傳を朴氏に頼んで復汽車に乘つた。椅子が一つあつて室毎に化粧室が備はつて居るだけで、歐羅巴で最も贅澤だと云はれるノオルドの汽車も其程有難い物とも思はれない。十一時前に發車した。ボオイが來て明日アレキサンドロ※[#濁点付き片仮名ヲ、1−7−85]ウでもう三圓三十五錢拂へと云つた。未だ追加を後から多くされるのではないかと云つたが、巴里迄それで好いのだと云ふのであつた。食堂のボオイが各室へ注文を聞きに廻るのが私に丈は何とも云はない。食べたくもなく思ひながら時間に食堂へ出て見ると、席が無くやつと田舍女らしいけばけばしい首飾りをした厭な黒い服の婦人の隣で椅子を與へられた。ボオイの顏附が不愉快である。私は昨日迄の汽車を懷しく思はずには居られなかつた。
晩餐の時は初に私を女優かと問うた英國の老紳士の隣へ坐つた。日本語をよく話す人である。明治六年から三十八年間横濱に居る人だ相である。汽車賃はもう十圓位追加されるだらうと其人が云つた。今夜初めて私は上の寢臺で寢た。日本に居る頃から心配して居たワルシヤワの乘替は十八日の午前十一時頃に無事に濟んだのであるが、ボオイが來てもう二
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