をか》しく思つて居た。同室の人は是も頼んであつたボオイに起されて夜明の四時頃に降りて行つた。莫斯科のグルクスの停車場には朝鮮人の朴氏《ぼくし》が來て居て呉れた。電報で頼んで置いたから領事館に來て居た私宛の手紙を持つて居た。此處からビレスト停車場へ行つて其處で乘替をするのである。切符の増金は二十五圓五十五錢で好いと云ふ事である。聞いたのよりも十五圓程少いのを氣にしながら朴氏と馬車に乘つて街へ出た。道路は東京より惡い樣な處もある。浦潮斯徳程ではないが馬車から落ち相な氣がしないでもない。ブラゴウエスチエンスキイ寺院の暗い中に灯の幽に點つた石の廊下を踏んで、本堂の鐵の扉の間から遠い處の血の色で隈取られた樣な壁畫を透かして眺めた。モスコオ河の上に脅かす樣に建てられた冬宮《とうきゆう》も女の心には唯哀を誘ふ一つの物として見るに過ぎない。白い宮殿の三層目の左から二つ目の窓掛が人氣のあるらしく動いて居た。宗教畫に彩どられた高い門を潛つて賑な街へ出た。朴氏は勸工場へ私を伴れて行つたが、私は汽車賃が何れ又追加される樣な氣がして莫斯科の記念の品も買ふ氣にはなれなかつた。領事館は十時でないと人が來て居ないと云
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