ウラルを越えていよいよ歐羅巴《ヨオロツパ》へ入つた。山の色も草木の色も目に見えて濃い色彩を帶びて來た。此邊では停車する毎にプラツト・フオオムの賣店へ寶石を買ひに降りる女が大勢ある。私も其店へ一度行つて見た。紫水晶の指の觸れ心地の好い程の大きさのを幾何《いくら》かと聞くと五十圓だと云つた。ロオズ・トツパアス、エメラルドなどが皮の袋の中からざらざらと音を立てて出されるのは、穀類の樣な氣持がする。夜の驛驛に點る黄な灯の色をしたトツパアスもあつた。其驛から巴里の良人《をつと》と莫斯科の石田氏とへ電報を出した。動搖《ゆれ》の烈しい汽車も馴れては此以外に自身の世界が無い樣な氣がして、朝は森に啼いて居る小鳥の聲も長閑《のどか》に聞くのである。ボオル大河の上で初めて飛んで居る燕を見た。木の間に湖が見えて其廻りを圍んだ村などが畫の樣である。露西亞字で書いた驛の名は固《もと》より私に讀まれない。曇色の建物の中に寺の屋根が金に輝いて居るのが悲しい心持を起させる。十六日の夜になつた。翌朝が待遠でならない。何時に起さうかとボオイが聞くので、六時に着くなら五時で好いと云つた。起される迄もない事であると心では可笑《
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