《ごと》に女が賣りに來る。私の机の上にも古い鑵に水を入れて差された鈴蘭の花があつた。乘客係が來て莫斯科から連絡する巴里《パリイ》迄の二等車の寢臺が賣切れたから一等許りのノオルド・エキスプレスに乘つては何うかと云つた。八十圓増して出せば好いと云ふのである。露貨《ろくわ》は其樣《そんな》に持たない、佛貨《ふつくわ》を交《ま》ぜたら有るかも知れぬと云ふと、其でも好いと云ふ。兎に角八十圓を出して仕舞ふと、後は途中の食費と小遣いが十圓も殘るや殘らずになるのである。心細い話だと思つて私は考へたが、二等の寢臺車を待つために幾日《いくか》莫斯科に滯在せねば成らぬか知れない樣な事も堪へられないと思つて、結局佛貨で三十九圓六十錢出してノオルドの寢臺券を買つた。後四十圓は莫斯科で一等の切符と換る時に出すのだと云ふ事である。男の席はあると云ふので齋藤氏は二等車の寢臺券を買つた。
川は二三町の幅のあるのも一間二間の小流《こなが》れも皆氷つて居る。積つた雪も其處だけ解けずにあるから、盛上つて痩せた人の靜脈の樣である。七日目《なぬかめ》にまた一人の露西亞女が私の室の客になつた。快活な風でよく話を仕懸ける人である。
前へ
次へ
全14ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング