寄つて戸から覗くと桃色の寢衣を着た二十四五の婦人が腰を掛けて金髮を梳《す》いて居た。夜明の光で見た通りの美しい人である。長春《ちやうしゆん》から來て哈爾賓で後へ二つ繋がれた客車の人をも交ぜて三十人餘りの女の中で此婦人が出色《しゆつしよく》の人である。晝前にはもうどの男の室でも其噂がされて居たらしい。此若い露西亞婦人は令孃が百日咳《ひやくにちぜき》のやうな氣味である爲め冷たい空氣の入らないやうにと部屋の戸にも廊下の端の戸にも氣を配つて居た。晩餐の卓に就いて居た時、動き出さうとする汽車を目懸けて四羽の雁の足を兩手で持つて走つて來る男があつた。再び汽車が止まると食堂のボオイが降りて其雁を買つた。珍らし相に左の窓際の客が皆立つて見るのを、「何ですか」と日本語で問うた貴婦人があつた。齋藤氏は英語で其人と話をして居た。それは私を女優かと聞いたと云ふ紳士の令孃である。私の同室の人は夜になると母も子も烈しく咳をする。四日目にはバイカル湖が見える筈であると云つて誰も外の景色の變るのを樂しみにして居るやうであつたが、やつと二時頃に白い湖の半面が見え出した。汀《みぎは》に近い處は未だ皆氷つて居る。少し遠い青
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