四角な肩掛をした純露西亞風の醜い女である。良人は外の處に乘つて居るらしい。大抵廊下へ出て其處で夫婦が話をして居るやうであつた。晩餐後に私が少し眠くなつてうとうとして居る間に其婦人は降りてしまつた。十時過に寢臺を作らせて入ると直ぐ外から戸を開けられて相客が來たやうであつた。私は見ないで顏を覆うた儘で居た。小さい子供の泣聲や咳をする聲などが夜中に度度したので、上の寢臺へ來たのは子持の婦人らしいと思つて居た。
二人になると昨日迄のやうに早く起きて寢臺を仕舞はせたりする勝手も今朝は出來ないなどと思つて、目が覺めてから床の中でぢつとして居ると、前の鏡へ上の客が映つた。寢て居ると思つて居た人が坐つて居る。白い切れを髮の上に掛けて、色の白い兒を抱いて居る氣高い美しい女である。マリヤがふと現はれた樣な思ひもしないではない。化粧室へ行つて顏を洗つて來て髮を結つて着物を着更へても、二度寢をした上の客はまだ起きさうにない。私は書物を持つて廊下へ出た。汽車は溪川に添つて走つて居るのであつた。箱根の山を西へ出た處のやうな氣がする。雪が降つて來た。食堂から歸つてもまだ私の室の戸は閉められてあつた。九時過にそつと
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