を見て居るやうであつた齋藤氏は朝寢坊をしたと云つて、八時過に食堂へ行くのを誘《さそ》ひに來た。パンと珈琲《コオヒイ》だけの朝飯に一人前に拂ふのが五十錢である。午後の二時に哈爾賓《ハルピン》へ着いた。プラツト・フオオムに立つて居た日本人は私の爲に出て居てくれた軍司氏《ぐんじし》であつた。電報が來たと云つて齋藤氏が持つて來た。「西伯利亞の景色お氣に入りしと思ふ」と云ふ大連の平野萬里さんから寄越したものであつた。伊藤公の狙撃《そげき》されたと云ふ場所に立つて、其日眼前に見た話を軍司氏の語るのを聞いた。「此汽車は私のために香木《かうぼく》を焚《た》いて行く」こんな返電を大連へ打つた。石炭を使はないで薪を用ひるのは次の國境迄だ相である。どの驛でも恐い顏の蒙古犬《もうこいぬ》や嚴《いかめ》しいコサツク兵や疲れた風の支那人やが皆私の姿を訝《いぶか》し相に見て居た。夕方に廣い沼の枯蘆が金の樣に光つた中に、數も知れない程水鳥の居る處を通つた。白樺の小い林などを時時見るやうになつた。三日目の朝に復《また》國境の驛で旅行券や手荷物を調べられた。午後に私の室へ一人の相客が入つて來た。服の上に粗い格子縞の大きい
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