れない不安と恐怖の目で見て居るのであつた。終ひには兩手で顏を覆《おほ》うてしまつた。ふと目が覺めて時計を見ると八時過であつたから私は戸を開けて廊下へ出た。四つ目の室に齋藤氏が居る。其前へ行くと氏が見附けて直ぐ出て來た。食事が未だ濟まないと云ふと、食べないで居ると身體《からだ》が餘計に疲れるからと云つて、よろよろと歩く私を伴《つ》れて氏は一度|濟《すま》して歸つた食堂へ復《また》行つた。機關車に近いので此處は一層搖れが烈しいやうである。スウプとシチウとに一寸口を附けた丈で私は逃げるやうにして歸つて來た。其間に寢臺《ねだい》がもう出來て居た。十二時頃に留つた驛で錠を下してあつた戸が外から長い鍵で開けられた響きを耳元で聞いて私は驚いて起き上つた。支那の國境へ來たのであるらしい。入つて來たのは列車に乘込んだ役人と、支那に雇はれて居る英人の税關吏とである。荷物は彼れと是れかと云つて、見た儘手を附けないで行つた。三時半頃から明るくなり掛けて四時には全く夜が明けてしまつた。五時過に顏を洗ひに行くと、白い疎《まば》ら髭《ひげ》のある英人が一人廊下に腰を掛けて居た。ずつと向うの方には朝鮮人も起きて來て外
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