送りしませう」
 と弟子は云つた。その言葉の中にも夫人をどんなに尊敬して居るかと云ふ事が見えてゆかしい。ロダン夫人は無雜作に一方口の入口から入つて來られた。背の低い婦人である。白茶に白いレイスをあしらつた上被風《タブリエふう》の濶《ひろ》い物を着て居られる。自分の手を最初に執《と》つて、
「よくいらつしつた」
 と云はれた。松岡氏が自分に代つて面會を許された喜びを述べた。夫人の頭髮は白金の樣に白い。兩鬢《りやうびん》と髱《たぼ》を大きく縮らせたまま別別に放して置いて、眞中の毛を高く卷いてある。自分がロダン先生の曾て製作された夫人の肖像に寸分違ひのない方だと思つたのは、一つは髮の結樣《ゆひやう》が其儘の形だつたからかも知れない。夫人の斯うして居られるのは自身の姿が不朽[#「不朽」は底本では「不巧」]の藝術品として良人に作られた其喜びを何時迄も現はして居られる樣にも思はれるのであつた。そんな感じのするせいか、これ程の老夫人が母らしい人とは思はれないで、生生として人妻らしい婦人であると自分には思はれるのであつた。「未だ良人の許しを得ませんから今日は何のおもてなしを致す事も出來ませんが、この次
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