一時間ほど朝の食事は早いのである。
「お祭を見に出るか」
 と良人が云ふと、
「ウイ、ウイ」
 と點頭きながら答へるマリイの目は嬉しさに輝いて居た。
「祭は午後でないと見に行つても面白くないのだよ」
 と良人に云はれた時、自分はまた子供らしい失望をしないでは居られなかつた。讀書をして居ると十時前にマリイが廻つて來た。何時もは午後四時過ぎでないと來てくれないのである。良人が市街の地圖を出して、何處が一番賑やかなのかと聞くと、プラス・ペピユブリツクだと云ふ。其處は巴里市内の東に當つて革命の記念像が立つて居る廣場である。マリイは十一時頃に晴着のロオヴを着て出掛けて行つた。自分はトランクの上の臺所で晝御飯の仕度にかかつて、有合せの野菜や鷄卵《たまご》や冷肉でお菜を作つた。お祭だと云ふ特別な心持で居ながら、やはり二人ぎりで箸を取る食事は寂しかつた。一時半頃に服を更へて家を出た。
「まあペピユブリツクへ行つて見るんだね」
 と良人は云つて、ピガル廣場から地下電車に乘ることにした。人が込むだらうからと云つて一等の切符を買つたが、車は平生よりも乘客《のりて》が少かつた。同室の四五人の婦人客は皆ペピユブ
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