《キヤツバレエ》などの多い、巴里人の夜明し遊びをしに來る所と成つて居るのである。十二時にならないと店を開けない贅澤な料理屋も其處此處にある。芝居歸りの正裝で上中流の男女が夜食を食べに來るのだ相である。夜が更けるに隨つて坂を上つて來る自動車や馬車の數が多くなつて行く。そんな處に近い※[#「井に濁点」、539−13]クトル・マツセ町の下宿住居が、東京にも見られない程靜かな清清した處だとは自分も來る迄は想像しなかつたのである。通りに大きな鐵の門があつて、一直線に廣い石の路次がある。夜はその片側に灯が一つ點る。路次の上には何階建てかの表の家があることは云ふ迄もない。突當りは奧の家の門で横に薄青く塗つた木製の低い四角な戸のあるのが自分達の下宿の入口である。同じ青色を塗つた金網が花壇に廻らされて居る。横が石の道で、左手の窓際にも木や草花が植つて居る。欄干《てすり》の附いた石段が二つある。此二つの上り口の間が半圓形に突き出て居て、右と左の曲り目に二つの窓が一階毎に附けられてある。自分の居るのはこの半圓の間の三層目に當るのである。内方からは左になる窓の向うには庭のアカシヤが枝を伸して居る。木の先は未だ
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