一丈許りも上に聳えて居るのである。下を眺めると雛罌粟や撫子や野菊や矢車草の花の中には青い腰掛《バンク》が二つ置かれて居る。けれども自分を京都の下加茂邊りに住んで居る氣分にさせるのは、それは隣の木深い庭で、二十本に餘るマロニエの木の梢の高低が底の知れない深い海の樣にも見える。一番向うにある大きいマロニエは其背景になつて居る窓の少い倉庫《くら》の樣な七階の家よりも未だ勝《すぐ》れて高い。木の下は青い芝生で、中に砂の白い路が一筋ある。薔薇の這つた門や陶器《せともの》の大きい植木鉢に植ゑられた一丈位の柘榴《ざくろ》や櫻の木の竝べられてあるのも見える。其家の前は裏の通なのであるが、夜更にでもならなければ車の音などは聞えて來ない。この隣と自分の居る家との間には平家になつた此處の食堂があるのであるが、高い處からは目障にもならない。右の窓から青い木が見える。そして向ふの方に蔦の附いた趣のある壁が見える。メルルと云つて日本の杜鵑《ほととぎす》と鶯の間の樣な聲をする小鳥が夜明には來て啼くが、五時になると最早《もう》雀の啼き聲と代つて仕舞ふ。白いレエスの掛つた窓を開けると、何時も何處にあるのか知らないが白楊
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