生活を未来に発展し得ることを条件とした講和の成立を望んでいたのでした。
しかるに何という怖ろしい事でしょう。連合国に依って提示された講和条件は、世界に文字があって以来どの国の書物にも書かれたことのない、人間の持っている極度の復讐心と、極度の貪欲心《どんよくしん》と、極度の虐殺思想とをさらけ出したものだと思います。
敵を愛せよという基督《キリスト》教の思想は何処《どこ》へ行ったか。仏蘭西《フランス》の自由、平等、博愛の三大思想は何処へ行ったか。英国流の紳士的道徳と米国流の人道思想とは何処へ行ったか。この講和条件の中には、戦争中に歓迎された露西亜《ロシヤ》流の無併合、無賠償説の影響のないのは勿論、ウィルソンの堂々たる十四カ条の痕跡《こんせき》さえ留めていないではありませんか。
かつて戦争中に公にされたウィルソンのいくつかの宣言の中には、連合国は専ら独逸の軍閥政府と軍国主義とを敵とし、それを撲滅《ぼくめつ》するために戦うものである。独逸人に対しては何らの敵視すべき理由を持たない。むしろ独逸人を軍国主義の重圧から救って、世界的平和の中に自由なる生活を遂げしめようとするのが連合軍の志であり
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