で居るは悪いと思つたらしい柔順な子は、
『熊七。』
と傍へ立つて低い声で云つて居た。熊七はどんな顔をしたのか知らない。秀にも三畳へ行つてやれと云つたが笑つてばかり居た。書生の兒玉が帰つてから熊七は二重橋から銀座辺の見物に出掛けて行つた。土産物を持つて二人の女の子と一緒に元園町の修さんの家へ行つた。千歌子さんと話して居るうちに暗くなつたので、自身の家の外では夜に逢つたことのないわたしの子は声を揃へて泣き出した。お文さんと女中とに一人づつ負ぶさつて帰つて来た。途中お文さんと話して居ながら味気ないはかない心持をどれだけわたしはしたか分らない。鰯のすしと玉子の煮たので夕飯を食べてから湯に子供を入れた。髪を撫でて灯の点つた書斎に入つて万朝の歌の撰をしようとした。私の机の上に、
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上総国周淮郡に未珠名[#「未珠名」はママ]と云ふ娘が居た。娘は生れながら悧発な上に美くしく、乳のあたりがふくやかに腰は気もちよく細かつた。それで以似蜂娘子と綽名で呼んで居る男も多かつた。娘の年はよくわからない、娘に聞いて見ると二十だとも二十一だとも云つた。しかし大底の人には十九だと答へたやうだ。けれ
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