あの男のやうに安易に総《すべ》ての物を否定する意志を示すことが出来れば痛快であらうと作者は横から見たのである。自分は世間に対して二つの手を前向けに立てて見せられぬのが残念であると云ふ歌。確か桜の咲く頃に石井柏亭氏などと一所に江戸川の川甚と云ふ旗亭《きてい》へ入つた時に、向うの方の座敷では拳を打つて居て、其れを此方《こちら》からでは丁度手の先きだけが見えて面白いと云ふ歌も、この作者にある。
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必ずと云ふ約束をたやすげにかはして別るうら若き人
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 永久の愛の誓ひを初めとして二年三年の後の約束も若い人達は平気でするが、其れは実行の出来難い物である事を、過去の経験からよく知つて居る自分である。自分も以前にやすやすとした約束が一つとして果されたものはない。諸君は今に自分のやうな苦い悔いばかりを味はねばならないであらうと云つて、若い人を警《いまし》める心よりは、単純であり得た自己の青春を限りも無くなつがしがつて居る歌だと私は見て居る。
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やはらかに海に入らんとする山を磯にささへて白き城かな
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