と申込まれた時に、作者は幾首かの歌を呈供したが、是れもその中の一首であつた。半切などにもよく故人はこの歌を書いた。春の神を呼びかけて云ふのにふさはしい快い調子の歌の出来たのを故人は嬉しく思つて居た。木の花を統べ給ふ情知りのさくや姫よ、自分の心にも花を咲き満たせ給へとかう歌つた作者は青春期になほ籍を置くもののやうに恍惚としてゐる。派手な恋の勇者にもならうと望んでゐる。
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手のひらを力士の如くひろげたるシヤボテンの樹に積るしら雪
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 唯《た》だ大きいだけでなく、厚味も豊かな相撲力士の拡げた指のやうな大葉のシヤボテンの樹に雪が白く積つて居る。私にはこの大葉のシヤボテンは嫌ひなものの一つであるが、この歌を見ると、雪の白く積つた何処かの朝の庭でもう一度この木を見直して見ようかと云ふ気がする。
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上目《うはめ》して何となけれど物一つ破らまほしきここちするかな
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 他目には唯《た》だ遠い所を見る目附きをして居る自分であらうが、苦しい束縛を自分に加へてゐる目に見えぬ幾つかの物の中の、何か
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