ふくいく》たる香を湛へて名利の外にある恋だけはよく自分を安らかならしめるであらうとかう定めて居ると云ふ意。
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辻に立ち電車の旗を振る人もいしく振る日は楽しからまし
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これはまだ交通の信号燈などの出来なかつた時代の東京の街上風景に得た感想である。水道橋とか、神保町とかの四つ角に立ち青旗、赤旗を振つて居る人は、みじめな仕事をして居ながらも旗の振りやうが思ひ通りに巧みに出来た場合は、自分等に良き創作の出来た時と変らない満足感があるであらうと云ふのであつて、高村光太郎氏の歌に屋後切《やじりきり》が巧みに門戸の閉りを切つた跡を見ると、是れも芸術であると云ふやうな気がされると云ふのがあつたのは、彫刻の刀を取られる同氏の作であるだけ、さうした巧みな物があつたのに誰れも気附かぬ美を発見して教へられたものとして私は記憶して居るが、是れは創作の楽みが其処に認められると歌はれて居るのである。
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女みな流星よりもはかなげにわが世《よ》の介《すけ》の目を過ぎにけん
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西鶴の好色一代男の主人公(ここの「我が」は自分が愛して居るのではなく、作者の西鶴が愛して居ると云ふ意)が相手にした多くの女達はどれも空の流星の如く世の介の目に一時的な光を投げ得ただけの価値よりないものであつて、次次ぎに消えて行つたと取り為すべきであらう。彼れをして終生変らぬ執著を持たしめる女は無かつただけで、必ずしも世の介を軽薄と云ふべきでないと云つてある。作者の自己弁護が少しは混つてゐるかも知れない。
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自らを愛づるこころに準らへてしら梅を嗅ぐ臘月《らふげつ》の人
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早く十二月に咲いた白梅の花の香を自分自身を賞美すると云ふのに近い気持ちで嗅いで居る。自分は白梅の清香に類したものを内に蔵して居るから殊更この花を愛すると云つて居るのであつて、人は作者自らである。
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地の上に時を蔑《な》みする何物も無きかと歎く草の青めば
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この大地には自然が押しつけて約束したことに違背する勇気のあるものは何も無いのであらうか、とこんなことを自分は春になつて、毎年の例のやうに若草が青む時に思ふと云ふのであつて、何事
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