差した。中から大きい虻《あぶ》が飛び出した。紅の毛氈を掛けた欄干《てすり》の傍へ座ると、青い紐を持つて来て手代が前の幕をかかげてくれた。向ひのおてるさんが待つて居たやうににこやかに目礼した。道の人通りが多いので常《つね》のやうに物を云つても聞《きこ》えさうではない。水色の透矢《すきや》の長い袂《たもと》と黒い髪が海から来る風で時々動くのが見えるだけであつた。氷屋が彼方此方《あつちこちら》で大きい声を出して客を呼んで居る中へ、屋台に吊つて太鼓を叩いて菓子|売《うり》が来た辻に留つて背の高い男と、それよりも少し年の上のやうな色の黒い女房《にようぼ》とが、声を揃へて流行《はやり》歌を一《ひと》くさり歌つた。どんどんとその後《あと》でまた太鼓を打つた。欄干《てすり》の前に置いた大きい床机《しやうぎ》の上で弁当を開く近在の人もある。和歌山の親類の客を迎へに停車場《ていしやば》へ行つて居た番頭が真先《まつさき》になつて七八台の車が着いた。絽《ろ》の紋附の着物を着た裏町の琴の師匠が来た。[#「。」は底本では脱落]和歌山の客は皆奥で湯に入つて居るらしい。杯盤や切《きり》ずしを盛つた皿が持つて来られて、
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