に入つて居る手代に手びかへを読み聞かせて居る。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
『畳二畳敷程の蛸《たこ》がな、砂の上を這ふてましたのやらう。そうしたら傍に居た娘はんがびつくりしやはつてきやつと云やはりましたで。』
[#ここで字下げ終わり]
『ほんまだすか。』
『真実《ほんま》だすとも、うはばみのやうな鱧《はも》もおましたで。』
『まあ、さうだすか。』
井戸端で、昨夜の夜市《よいち》を見て来た女中が外の女中とこんなことを話して居る。時々思ひ出した様に何処《どこ》かでこほろぎが鳴く。湯から上《あが》ると縁側の蒲筵《かまむしろ》の上に鏡台が出してあつて、化粧役の別家《べつけ》の娘が眉|刷毛《はけ》を水で絞つて待つて居た。青い楓《かへで》の枝に構《かこ》まれた泉水の金魚を見ながら、頸《くび》のおしろいを附けて貰つて居ると、近く迄来た地車《だんじり》のきしむ音がした。
 牡丹に唐獅子竹に虎《とら》虎《とら》追ふて走《は》しるは和藤内《わとうない》。
こんな歌も聞《きこ》えて来た、さうすると三つの井戸の金滑車《かなくるまき》がけたたましい音を立てて、地車《だんじり》の若衆に接待する砂
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