それから新漬《しんづけ》の蕪菁《かぶ》もある。
みんな好きな物を勝手におあがり、
ゆつくりとおあがり、
たくさんにおあがり。
朝の御飯は贅沢《ぜいたく》に食べる、
午《ひる》の御飯は肥《こ》えるやうに食べる、
夜《よる》の御飯は楽《たのし》みに食べる、
それは全《まつた》く他人《よそ》のこと。
我家《うち》の様な家《いへ》の御飯はね、
三度が三度、
父さんや母さんは働く為《ため》に食べる、
子供のあなた達は、よく遊び、
よく大きくなり、よく歌ひ、
よく学校へ行《ゆ》き、本を読み、
よく物を知るやうに食べる。
ゆつくりおあがり、
たくさんにおあがり。
せめて日曜の朝だけは
父さんや母さんも人並に
ゆつくりみんなと食べませう。
お茶を飲んだら元気よく
日曜学校へお行《ゆ》き、
みんなでお行《ゆ》き。
さあ、一所《いつしよ》に、我家《うち》の日曜の朝の御飯。
駆け出しながら
いいえ、いいえ、現代の
生活と芸術に、
どうして肉ばかりでゐられよう、
単純な、盲目《めくら》な、
そしてヒステリツクな、
肉ばかりでゐられよう。
五感が七《しち》感に殖《ふ》える、
いや、五十《ごじつ》感
前へ
次へ
全250ページ中100ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング