ひに
君死にたまふことなかれ。
過ぎにし秋を父君《ちゝぎみ》に
おくれたまへる母君《はゝぎみ》は、
歎きのなかに、いたましく、
我子《わがこ》を召《め》され、家《いへ》を守《も》り、
安《やす》しと聞ける大御代《おほみよ》も
母の白髪《しらが》は増さりゆく。

暖簾《のれん》のかげに伏して泣く
あえかに若き新妻《にひづま》を
君忘るるや、思へるや。
十月《とつき》も添はで別れたる
少女《をとめ》ごころを思ひみよ。
この世ひとりの君ならで
ああまた誰《たれ》を頼むべき。
君死にたまふことなかれ。


    梅蘭芳に


うれしや、うれしや、梅蘭芳《メイランフワン》
今夜、世界は
(ほんに、まあ、華美《はで》な唐画《たうぐわ》の世界、)
真赤《まつか》な、真赤《まつか》な
石竹《せきちく》の色をして匂《にほ》ひます。
おお、あなた故に、梅蘭芳《メイランフワン》、
あなたの美《うつ》くしい楊貴妃《やうきひ》ゆゑに、梅蘭芳《メイランフワン》、
愛に焦《こが》れた女ごころが
この不思議な芳《かんば》しい酒となり、
世界を浸《ひた》して流れます。
梅蘭芳《メイランフワン》、
あなたも酔《ゑ》つて
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