べて大切な自分の「時《とき》」を知つてゐる。
どんな危険も、どんな冒険も此処《ここ》にある。
どんな鋭音《ソプラノ》も、どんな騒音も此処《ここ》にある、
どんな期待も、どんな昂奮《かうふん》も、どんな痙攣《けいれん》も、
どんな接吻《せつぷん》も、どんな告別《アデイユ》も此処《ここ》にある。
どんな異国の珍しい酒、果物、煙草《たばこ》、香料、
麻、絹布《けんふ》、毛織物、
また書物、新聞、美術品、郵便物も此処《ここ》にある。
此処《ここ》では何《なに》もかも全身の気息《いき》のつまるやうな、
全身の筋《すぢ》のはちきれるやうな、
全身の血の蒸発するやうな、
鋭い、忙《せは》しい、白※[#「執/れっか」、259−下−1]《はくねつ》の肉感の歓びに満ちてゐる。
どうして少しの隙《すき》や猶予があらう、
あつけらかんと眺めてゐる休息があらう、
乗り遅れたからと云《い》つて誰《だれ》が気の毒がらう。
此処《ここ》では皆の人が唯《た》だ自分の行先《ゆくさき》ばかりを考へる。
此処《ここ》へ出入《でい》りする人人《ひとびと》は
男も女も皆選ばれて来た優者《いうしや》の風《ふう》があり、
額《ひたひ
前へ 次へ
全250ページ中207ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング