呻《うめ》き、くちづけ、汗をかく
太陽の月、青海《あをうみ》の、
森の、公園《パルク》の、噴水の、
庭の、屋前《テラス》の、離亭《ちん》の月、
やれ来た、五月《ごぐわつ》、麦藁《むぎわら》で
細い薄手《うすで》の硝杯《こつぷ》から
レモン水《すゐ》をば吸ふやうな
あまい眩暈《めまひ》を投げに来た。


    南風

四月の末《すゑ》に街|行《ゆ》けば、
気ちがひじみた風が吹く。
砂と、汐気《しほけ》と、泥の香《か》と、
温気《うんき》を混ぜた南風《みなみかぜ》。

細柄《ほそえ》の日傘わが手から
気球のやうに逃げよとし、
髪や、袂《たもと》や、裾《すそ》まはり
羽ばたくやうに舞ひ揚《あが》る。

人も、車も、牛、馬も
同じ路《みち》踏む都とて、
電車、自転車、監獄車、
自動車づれの狼藉《らうぜき》[#「狼藉」は底本では「狼籍」]さ。

鼻息荒く吼《ほ》えながら、
人を侮り、脅《おびや》かし、
浮足|立《た》たせ、周章《あわ》てさせ、
逃げ惑はせて、あはや今、

踏みにじらんと追ひ迫り、
さて、その刹那《せつな》、冷《ひやゝ》かに、
からかふやうに、勝つたよに、
見返りもせず去つて行
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