た》だ一つの真実創造、
もう是非の隙《すき》も無い。
今、第一の陣痛……
太陽は俄《には》かに青白くなり、
世界は冷《ひや》やかに鎮《しづ》まる。
さうして、わたしは唯《た》だ一人《ひとり》………
アウギユストの一撃
二歳《ふたつ》になる可愛《かは》いいアウギユストよ、
おまへのために書いて置く、
おまへが今日《けふ》はじめて
おまへの母の頬《ほ》を打つたことを。
それはおまへの命の
自《みづか》ら勝たうとする力が――
純粋な征服の力が
怒りの形《かたち》と
痙攣《けいれん》の発作《ほつさ》とになつて
電火《でんくわ》のやうに閃《ひらめ》いたのだよ。
おまへは何《なに》も意識して居なかつたであらう、
そして直《す》ぐに忘れてしまつたであらう、
けれど母は驚いた、
またしみじみと嬉《うれ》しかつた。
おまへは、他日《たじつ》、一人《ひとり》の男として、
昂然《かうぜん》とみづから立つことが出来る、
清く雄雄《をを》しく立つことが出来る、
また思ひ切り人と自然を愛することが出来る、
(征服の中枢は愛である、)
また疑惑と、苦痛と、死と、
嫉妬《しつと》と、卑劣と、嘲罵《てうば》と、
圧制と、曲学《きよくがく》と、因襲と、
暴富《ぼうふ》と、人爵《じんしやく》とに打克《うちが》つことが出来る。
それだ、その純粋な一撃だ、
それがおまへの生涯の全部だ。
わたしはおまへの掌《てのひら》が
獅子《しし》の児《こ》のやうに打つた
鋭い一撃の痛さの下《もと》で
かう云《い》ふ白金《はくきん》の予感を覚えて嬉《うれ》しかつた。
そして同時に、おまへと共通の力が
母自身にも潜《ひそ》んでゐるのを感じて、
わたしはおまへの打つた頬《ほ》も
打たない頬《ほ》までも※[#「執/れっか」、127−上−12]《あつ》くなつた。
おまへは何《なに》も意識して居なかつたであらう、
そして直《す》ぐに忘れてしまつたであらう。
けれど、おまへが大人になつて、
思想する時にも、働く時にも、
恋する時にも、戦ふ時にも、
これを取り出してお読み。
二歳《ふたつ》になる可愛《かは》いいアウギユストよ、
おまへのために書いて置く、
おまへが今日《けふ》はじめて
おまへの母の頬《ほ》を打つたことを。
猶《なほ》かはいいアウギユストよ、
おまへは母の胎《たい》に居て
欧羅巴《ヨオロツパ》を観《み》てあるいたんだよ。
母と一所《いつしよ》にしたその旅の記憶を
おまへの成人するにつれて
おまへの叡智が思ひ出すであらう。
ミケル・アンゼロやロダンのしたことも、
ナポレオンやパスツウルのしたことも、
それだ、その純粋な一撃だ、
その猛猛《たけ/″\》しい恍惚《くわうこつ》の一撃だ。[#「一撃だ。」は底本では「一撃だ、」]
[#地から4字上げ](一九一四年十一月二十日)
日曜の朝飯
さあ、一所《いつしよ》に、我家《うち》の日曜の朝の御飯。
(顔を洗うた親子|八人《はちにん》、)
みんなが二つのちやぶ台を囲みませう、
みんなが洗ひ立ての白い胸布《セル※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84]ツト》を当てませう。
独り赤さんのアウギユストだけは
おとなしく母さんの膝《ひざ》の横に坐《すわ》るのねえ。
お早う、
お早う、
それ、アウギユストもお辞儀をしますよ、お早う、
何時《いつ》もの二斤《にきん》の仏蘭西麺包《フランスパン》に
今日《けふ》はバタとジヤムもある、
三合の牛乳《ちち》もある、
珍しい青|豌豆《えんどう》の御飯に、
参州《さんしう》味噌の蜆《しゞみ》汁、
うづら豆、
それから新漬《しんづけ》の蕪菁《かぶ》もある。
みんな好きな物を勝手におあがり、
ゆつくりとおあがり、
たくさんにおあがり。
朝の御飯は贅沢《ぜいたく》に食べる、
午《ひる》の御飯は肥《こ》えるやうに食べる、
夜《よる》の御飯は楽《たのし》みに食べる、
それは全《まつた》く他人《よそ》のこと。
我家《うち》の様な家《いへ》の御飯はね、
三度が三度、
父さんや母さんは働く為《ため》に食べる、
子供のあなた達は、よく遊び、
よく大きくなり、よく歌ひ、
よく学校へ行《ゆ》き、本を読み、
よく物を知るやうに食べる。
ゆつくりおあがり、
たくさんにおあがり。
せめて日曜の朝だけは
父さんや母さんも人並に
ゆつくりみんなと食べませう。
お茶を飲んだら元気よく
日曜学校へお行《ゆ》き、
みんなでお行《ゆ》き。
さあ、一所《いつしよ》に、我家《うち》の日曜の朝の御飯。
駆け出しながら
いいえ、いいえ、現代の
生活と芸術に、
どうして肉ばかりでゐられよう、
単純な、盲目《めくら》な、
そしてヒステリツクな、
肉ばかりでゐられよう。
五感が七《しち》感に殖《ふ》える、
いや、五十《ごじつ》感
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