み》打ちぬ。
婦人運動を排する諸声《もろごゑ》の如何《いか》に高ければとて、
女は何時《いつ》までも新しきゲエテ、カント、ニウトンを生み、
人間は永久《とこしへ》うらわかき母の慈愛に育ちゆく。
女、女、日本の女よ、
いざ諸共《もろとも》に自《みづか》らを知らん。
鬱金香
黄と、紅《べに》と、みどり、
生《なま》な色どり……
※[#「米+參」、第3水準1−89−88]粉細工《しんこざいく》のやうなチユウリツプの花よ、葉よ。
それを活《い》ける白い磁の鉢、
きやしやな女の手、
た、た、た、た、と注《さ》す水のおと。
ああ、なんと生生《いきいき》した昼であろ。
※[#「米+參」、第3水準1−89−88]粉細工《しんこざいく》のやうなチユウリツプの花よ、葉よ。
文の端に
皐月《さつき》なかばの晴れた日に、
気早《きばや》い蝉《せみ》が一つ啼《な》き、
何《なに》とて啼《な》いたか知らねども、
森の若葉はその日から
火を吐くやうな息をする。
君の心は知らねども……
教会の窓
崖《がけ》の上なる教会の
古びた壁の脂《やに》の色、
常に静かでよいけれど、
高い庇《ひさし》の陰にある
円《まる》い小窓《こまど》の摺硝子《すりがらす》、
誰《たれ》やら一人《ひとり》うるみ目に
空を見上げて泣くやうな、
それが寂《さび》しく気にかかる。
裏口へ来た男
台所の閾《しきゐ》に腰すゑた
古《ふる》洋服の酔《ゑ》つぱらひ、
そつとしてお置きよ、あのままに。
ものもらひとは勿体《もつたい》ない、
髪の乱れも、蒼《あを》い目も、
ボウドレエルに似てるわね。
髪
つやなき髪に、焼鏝《やきごて》を
誰《た》が当《あ》てよとは云《い》はねども、
はずみ心に縮らせば、
焼けてほろほろ膝《ひざ》に散り、
半《なかば》うしなふ前髪の
くちをし、悲し、あぢきなし。
あはれと思へ、三十路《みそぢ》へて
猶《なほ》人|恋《こ》ふる女の身。
磯にて
浜の日の出の空見れば、
あかね木綿の幕を張り、
静かな海に敷きつめた
廣重《ひろしげ》の絵の水あさぎ。
(それもわたしの思ひなし)
あちらを向いた黒い島。
九段坂
青き夜《よ》なり。
九段《くだん》の坂を上《のぼ》り詰めて
振返りつつ見下《みお》ろすことの嬉《うれ》しや。
消え残る屋根の雪の色に
近き家家《いへいへ》は石造《いしづくり》の心地し、
神田、日本橋、
遠き街街《まちまち》の灯《ひ》のかげは
緑金《りよくこん》と、銀と、紅玉《こうぎよく》の
星の海を作れり。
電車の轢《きし》り………
飯田町《いひだまち》駅の汽笛………
ふと、われは涙ぐみぬ、
高きモンマルトルの
段をなせる路《みち》を行《ゆ》きて、
君を眺めし
夕《ゆふべ》の巴里《パリイ》を思ひ出《い》でつれば。
年末
あわただしい師走《しはす》、
今年の師走《しはす》
一箇月《いつかげつ》三十一日は外《よそ》のこと、
わたしの心の暦《こよみ》では、
わづか五六日《ごろくにち》で暮れて行《ゆ》く。
すべてを為《し》さし、思ひさし、
なんにも云《い》はぬ女にて、
する、する、すると幕になる。
市上
騒音と塵《ちり》の都、
乱民《らんみん》と賤民《せんみん》の都、
静思《せいし》の暇《いとま》なくて
多弁の世となりぬ。
舌と筆の暴力は
腕の其《そ》れに劣らず。
ここにして勝たんとせば
唯《た》だ吠《ほ》えよ、大声に吠《ほ》えよ、
さて猛《たけ》く続けよ。
卑しきを忘れし男、
醜きを耻《は》ぢざる女、
げに君達の名は強者《きやうしや》なり。
[#ここで段組終わり]
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[#ページの左右中央から]
第一の陣痛
(雑詩四十一章)
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[#ここから2段組]
第一の陣痛
わたしは今日《けふ》病んでゐる、
生理的に病んでゐる。
わたしは黙つて目を開《あ》いて
産前《さんぜん》の床《とこ》に横になつてゐる。
なぜだらう、わたしは
度度《たびたび》死ぬ目に遭つてゐながら、
痛みと、血と、叫びに慣れて居ながら、
制しきれない不安と恐怖とに慄《ふる》へてゐる。
若いお医者がわたしを慰めて、
生むことの幸福《しあはせ》を述べて下された。
そんな事ならわたしの方が余計に知つてゐる。
それが今なんの役に立たう。
知識も現実で無い、
経験も過去のものである。
みんな黙つて居て下さい、
みんな傍観者の位置を越えずに居て下さい。
わたしは唯《た》だ一人《ひとり》、
天にも地にも唯《た》だ一人《ひとり》、
じつと唇を噛《か》みしめて
わたし自身の不可抗力を待ちませう。
生むことは、現に
わたしの内から爆《は》ぜる
唯《
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