子らは寝に来《こ》ず、母の側《そば》。
母はまだまだ云《い》ひたきに、
金《きん》のお日様、唖《おし》の驢馬《ろば》、
おとぎ噺《ばなし》が云《い》ひたきに。
    ×
ふくろふがなく、宵になく、
山の法師がつれてなく。
わたしは泣かない気でゐれど、
からりと晴れた今朝《けさ》の窓
あまりに青い空に泣く。
    ×
おち葉した木が空を打ち、
枝も小枝も腕を張る。
ほんにどの木も冬に勝ち、
しかと大地《たいち》に立つてゐる。
女ごころはいぢけがち。
    ×
玉葱《たまねぎ》の香《か》を嗅《か》がせても
青い蛙《かへる》はむかんかく。
裂けた心を目にしても
廿《にじふ》世紀は横を向く、
太陽までがすまし行《ゆ》く。
    ×
話は春の雪の沙汰《さた》、
しろい孔雀《くじやく》のそだてかた、
巴里《パリイ》の夢をもたらした
荻野《をぎの》綾子《あやこ》の宵の唄《うた》、
我子《わがこ》がつくる薔薇《ばら》の畑《はた》。
    ×
誰《た》れも彼方《かなた》へ行《ゆ》きたがる、
明るい道へ目を見張る、
おそらく其処《そこ》に春がある。
なぜか行《ゆ》くほどその道が
今日《けふ》のわたしに遠ざかる。
    ×
青い小鳥のひかる羽《はね》、
わかい小鳥の躍る胸、
遠い海をば渡りかね、[#「渡りかね、」は底本では「渡りかね、」」]
泣いてゐるとは誰《だ》れが知ろ、
まだ薄雪の消えぬ峰。
    ×
つうちで象をつうくつた[#「つうくつた」は底本では「つくつた」]、
大きな象が目に立つた、
象の祭がさあかえた、
象が俄《には》かに吼《ほ》えだした、
吼《ほ》えたら象がこおわれた。
    ×
まぜ合はすのは目ぶんりやう、
その振るときのたのしさう。
かつくてえるのことでない、
わたしの知つたことでない、
若い手で振る無産党。
    ×
鳥を追ふとて安壽姫《あんじゆひめ》、
母に逢《あ》ひたや、ほおやらほ。
わたしも逢《あ》ひたや、猶《なほ》ひと目、
載せて帰らぬ遠い夢、
どこにゐるやら、真赤《まつか》な帆。
    ×
鳥屋が百舌《もず》を飼はぬこと、
そのひと声に百鳥《ももどり》が
おそれて唖《おし》に変ること、
それに加へて、あの人が
なぜか折折《をりをり》だまること。
    ×
逆《さか》しに植ゑた戯れに
あかい芽をふく杖《つゑ》がある。
指を触れたか触れぬ間《ま》に
石から虹《にじ》が舞ひあがる。
寝てゐた豹《へう》の目が光る。
    ×
われにつれなき今日《けふ》の時、
花を摘み摘み行《ゆ》き去りぬ。
唯《た》だやさしきは明日《あす》の時、
われに著《き》せんと、光る衣《きぬ》
千《ち》とせをかけて手に編みぬ。
    ×
がらすを通し雪が積む、
こころの桟《さん》に雪が積む、
透《す》いて見えるは枯れすすき、
うすい紅梅《こうばい》、やぶつばき、
青いかなしい雪が積む。
    ×
はやりを追へば切りがない、
合言葉をばけいべつせい。
よくも揃《そろ》うた赤インキ、
ろしあまがひの左書《ひだりが》き、
先《ま》づは二三日《にさにち》あたらしい。
    ×
うぐひす、そなたも雪の中、
うぐひす、そなたも悲しいか。
春の寒さに音《ね》が細る、
こころ余れど身が凍《こほ》る。
うぐひす、そなたも雪の中。
    ×
あまりに明るい、奥までも
開《あ》けはなちたるがらんだう、
つばめの出入《でいり》によけれども
ないしよに逢《あ》ふになんとせう、
闇夜《やみよ》も風が身に沁《し》まう。
    ×
摘め、摘め、誰《た》れも春の薔薇《ばら》、
今日《けふ》の盛りの紅《あか》い薔薇《ばら》、
今日《けふ》に倦《あ》いたら明日《あす》の薔薇《ばら》、
とがるつぼみの青い薔薇《ばら》、
摘め、摘め、誰《た》れも春の薔薇《ばら》。
    ×
己《おの》が痛さを知らぬ虫、
折れた脚《あし》をも食《は》むであろ。
人の言葉を持たぬ牛、
云《い》はずに死ぬることであろ。
ああ虫で無し、牛でなし。
    ×
夢にをりをり蛇を斬《き》る、
蛇に巻かれて我が力
為《し》ようこと無しに蛇を斬《き》る。
それも苦しい夢か知ら、
人が心で人を斬《き》る。
    ×
身を云《い》ふに過ぐ、外《ほか》を見よ、
黙黙《もくもく》として我等あり、
我が痛さより痛きなり。
他《た》を見るに過ぐ、目を閉ぢよ、
乏しきものは己《おの》れなり。
    ×
論ずるをんな糸|採《と》らず、
みちびく男たがやさず、
大学を出ていと賢《さか》し、
言葉は多し、手は白し、
之《こ》れを耻《は》ぢずば何《なに》を耻《は》づ。
    ×
人に哀れを乞《こ》ひて後《のち》、
涙を流す我が命。
うら耻《はづ》かしと知りながら、
すべて貧しい身すぎから。
ああ我《わ》
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