》えて常に泣く。
忍びて泣けど、折折《をりをり》に
涙は身よりにじみ出《い》で、
貝に籠《こも》れる一点の
小さき砂をうるほせば、
清く切なきその涙
はかなき砂を掩《おほ》ひつつ、
日ごとに玉《たま》と変れども、
貝は転《まろ》びて常に泣く。
東に昇る「あけぼの」は
その温《あたたか》き薔薇《ばら》色を、
夜《よる》行《ゆ》く月は水色を、
虹《にじ》は不思議の輝きを、
ともに空より投げかけて、
砂は真珠となりゆけど、
それとも知らず、貝の身は
浪《なみ》に揺られて常に泣く。
浪のうねり
島の沖なる群青《ぐんじやう》の
とろりとしたる海の色、
ゆるいうねりが間《ま》を置いて
大きな梭《をさ》を振る度《たび》に
釣船一つ、まろまろと
盥《たらひ》のやうに高くなり、
また傾きて低くなり、
空と水とに浮き遊ぶ。
君と住む身も此《こ》れに似て
ひろびろとした愛なれば、
悲しきことも嬉《うれ》しきも
唯《た》だ永き日の波ぞかし。
夏の歌
あはれ、快きは夏なり。
万年の酒男《さかをとこ》太陽は
一時《ひととき》にその酒倉《さかぐら》を開《あ》けて、
光と、※[#「執/れっか」、297−上−1]《ねつ》と、芳香《はうかう》と、
七色《なないろ》との、
巨大なる罎《ブタイユ》の前に
人を引く。
あはれ、快きは夏なり。
人皆ギリシヤの古《いにしへ》の如《ごと》く
うすき衣《きぬ》[#ルビの「きぬ」は底本では「ぎぬ」]を著《つ》け、
はた生れながらの
裸となりて、
飽くまでも、湯の如《ごと》く、
光明《くわうみやう》歓喜《くわんぎ》の酒を浴ぶ。
あはれ、快きは夏なり。
人皆太陽に酔《ゑ》へる時、
忽《たちま》ち前に裂くるは
夕立のシトロン。
さて夜《よる》となれば、
金属質の涼風《すゞかぜ》と
水晶の月、夢を揺《ゆす》る。
五月の歌
ああ五月《ごぐわつ》、我等の世界は
太陽と、花と、麦の穂と、
瑠璃《るり》の空とをもて飾られ、
空気は酒室《さかむろ》の呼吸《いき》の如《ごと》く甘く、
光は孔雀《くじやく》の羽《はね》の如《ごと》く緑金《りよくこん》なり。
ああ五月《ごぐわつ》、万物は一新す、
竹の子も地を破り、
どくだみの花も蝶《てふ》を呼び、
蜂《はち》も卵を産む。
かかる時に、母の胎を出《い》でて
清く勇ましき初声《うぶごゑ》を揚ぐる児《こ》、
抱寝《だきね》して、其児《そのこ》に
初めて人間のマナを飲まする母、
はげしき※[#「執/れっか」、298−上−7]愛《ねつあい》の中に手を執《と》る
婚莚《こんえん》の夜《よ》の若き二人《ふたり》、
若葉に露の置く如《ごと》く額《ひたひ》に汗して、
桑を摘み、麻を織る里人《さとびと》、
共に何《なに》たる景福《けいふく》の人人《ひとびと》ぞ。
たとひ此《この》日、欧洲の戦場に立ちて、
鉄と火の前に、
大悪《だいあく》非道の犠牲とならん勇士も、
また無料宿泊所の壁に凭《よ》りて
明日《あす》の朝飯《あさはん》の代《しろ》を持たぬ無職者も、
ああ五月《ごぐわつ》、此《この》月に遇《あ》へることは
如何《いか》に力満ちたる実感の生《せい》ならまし。
ロダン夫人の賜へる花束
とある一つの抽斗《ひきだし》を開きて、
旅の記念の絵葉書をまさぐれば、
その下より巴里《パリイ》の新聞に包みたる
色褪《いろあ》せし花束は現れぬ。
おお、ロダン先生の庭の薔薇《ばら》のいろいろ……
我等|二人《ふたり》はその日を如何《いか》で忘れん、
白髪《しらが》まじれる金髪の老|貴女《きぢよ》、
濶《ひろ》き梔花色《くちなしいろ》の上衣《うはぎ》を被《はお》りたる、
けだかくも優《やさ》しきロダン夫人は、
みづから庭に下《お》りて、
露おく中に摘みたまひ、
我をかき抱《いだ》きつつ是《こ》れを取らせ給《たま》ひき。
花束よ、尊《たふと》く、なつかしき花束よ、
其《その》日の幸ひは猶《なほ》我等が心に新しきを、
纔《わづか》に三年の時は
無残にも、汝《そなた》を
埃及《エヂプト》のミイラに巻ける
五千年|前《ぜん》の朽ちし布の
すさまじき茶褐色に等しからしむ。
われは良人《をつと》を呼びて、
曾《かつ》て其《その》日の帰路《きろ》、
夫人が我等を載せて送らせ給《たま》ひし
ロダン先生の馬車の上にて、
今|一人《ひとり》の友と三人《みたり》
感激の中に嗅《か》ぎ合ひし如《ごと》く、
額《ぬか》を寄せて嗅《か》がんとすれば、
花は臨終《いまは》の人の歎く如《ごと》く、
つと仄《ほの》かなる香《にほひ》を立てながら、
二人《ふたり》の手の上に
さながら焦げたる紙の如《ごと》く、
あはれ、悲し、
ほろほろと砕け散りぬ。
おお、われは斯《か》かる時、
必ず冷《ひや》やかにあり難
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