夜通《やどほ》[#ルビの「やどほ」はママ]し涙に濡《ぬ》れた
気高《けだか》い、清い目を
世界が今|開《あ》けました。
おお、夏の暁《あかつき》、
この暁《あかつき》の大地の美しいこと、
天使の見る夢よりも、
聖母の肌よりも。
海峡には、ほのぼのと
白い透綾《すきや》の霧が降つて居ます。
そして其処《そこ》の、近い、
黒い暗礁の
疎《まば》らに出た岩の上に
鷺《さぎ》が五六|羽《は》、
首を羽《はね》の下に入《い》れて、
脚《あし》を浅い水に浸《つ》けて、
じつとまだ眠つてゐます。
彼等を驚かさないやうに、
水際《みづぎは》の砂の上を、そつと、
素足で歩《あ》るいて行《ゆ》きませう。
まあ、神神《かう/″\》しいほど、
涼しい風だこと……
世界の初めにエデンの園で
若いイヴの髪を吹いたのも此《この》風でせう。
ここにも常に若い
みづみづしい愛の世界があるのに、
なぜ、わたし達は自由に
裸のままで吹かれて行《ゆ》かないのでせう。
けれど、また、風に吹かれて、
帆のやうに袂《たもと》の揚がる快さには
日本の著物《きもの》の幸福《しあはせ》が思はれます。
御覧《ごらん》なさい、
わたし達の歩みに合せて、
もう海が踊り始めました。
緑玉《エメラルド》の女衣《ロオブ》に
水晶と黄金《きん》の笹縁《さゝべり》……
浮き上がりつつ、沈みつつ、
沈みつつ、浮き上がりつつ……
そして、その拡がつた長い裾《すそ》が
わたし達の素足と縺《もつ》れ合ひ、
そしてまた、ざぶるうん、ざぶるうんと
間《ま》を置いて海の鐃※[#「金+祓のつくり」、第3水準1−93−6]《ねうばち》が鳴らされます。
あら、鷺《さぎ》が皆立つて行《ゆ》きます、
俄《には》かに紅鷺《べにさぎ》のやうに赤く染まつて……
日が昇るのですね、
霧の中から。
フオンテンブロウの森
秋の歌はそよろと響く
白楊《はくやう》と毛欅《ぶな》の森の奥に。
かの歌を聞きつつ、我等は
しづかに語らめ、しづかに。
褪《さ》めたる朱《しゆ》か、
剥《は》がれたる黄金《きん》か、
風無くて木《こ》の葉は散りぬ、
な払ひそ、よしや、衣《きぬ》にとまるとも。
それもまた木《こ》の葉の如《ごと》く、
かろやかに一つ白き蝶《てふ》
舞ひて降《くだ》れば、尖《とが》りたる
赤むらさきの草ぞゆするる。
眠れ、眠れ、疲れたる
春夏《はるなつ》の踊子《をどりこ》よ、蝶《てふ》よ。
かぼそき路《みち》を行《ゆ》きつつ、猶《なほ》我等は
しづかに語らめ、しづかに。
おお、此処《ここ》に、岩に隠れて
ころころと鳴る泉あり、
水の歌ふは我等が為《た》めならん、
君よ、今は語りたまふな。
巴里郊外
たそがれの路《みち》、
森の中に一《ひと》すぢ、
呪《のろ》はれた路《みち》、薄白《うすじろ》き路《みち》、
靄《もや》の奥へ影となり遠ざかる、
あはれ死にゆく路《みち》。
うち沈みて静かな路《みち》。
ひともと[#「ひともと」は底本では「もともと」]何《な》んの木であらう、
その枯れた裸の腕《かひな》を挙げ、
小暗《をぐら》きかなしみの中に、
心疲れた路《みち》を見送る。
たそがれの路《みち》の別れに、樺《かば》の木と
榛《はん》の森は気が狂《ふ》れたらし、
あれ、谺響《こだま》が返す幽《かす》かな吐息……
幽《かす》かな冷たい、調子はづれの高笑ひ……
また幽《かす》かな啜《すゝ》り泣き……
蛋白石色《オパアルいろ》の珠数珠《じゆずだま》の実の
頸飾《くびかざり》を草の上に留《とゞ》め、
薄墨色の音せぬ古池を繞《めぐ》りて、
靄《もや》の奥へ影となりて遠ざかる、
あはれ、たそがれの森の路《みち》……
[#地から4字上げ](一九一二年巴里にて)
ツウル市にて
水に渇《かつ》えた白緑《はくろく》の
ひろい麦生《むぎふ》を、すと斜《はす》に
翔《かけ》る燕《つばめ》のあわてもの、
何《なに》の使《つかひ》に急ぐのか、
よろこびあまる身のこなし。
続いて、さつと、またさつと、
生《なま》あたたかい南風《みなみかぜ》
ロアルを越して吹く度《たび》に、
白楊《はくやう》の樹《き》がさわさわと
待つてゐたよに身を揺《ゆす》る。
河底《かはぞこ》にゐた家鴨《あひる》らは
岸へ上《のぼ》つて、アカシヤの
蔭《かげ》にがやがや啼《な》きわめき、
燕《つばめ》は遠く去つたのか、
もう麦畑《むぎばた》に影も無い。
それは皆皆よい知らせ、
暫《しばら》くの間《ま》に風は止《や》み、
雨が降る、降る、ほそぼそと
金《きん》の糸やら絹の糸[#「絹の糸」は底本では「絹糸の」]、
真珠の糸の雨が降る。
嬉《うれ》しや、これが仏蘭西《フランス》の
雨にわたしの濡《ぬ》れ初《はじ》め。
軽い婦人服《ロ
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