《うらは》の海の色。
青玉色《せいぎよくいろ》に透《す》きとほり、
地にへばりつく或《あ》る葉には
緑を帯びた仏蘭西《フランス》の
牡蠣《かき》の薄身《うすみ》を思ひ出し、
なまあたたかい曇天《どんてん》に
細かな砂の灰が降り、
南の風に草原《くさはら》が
のろい廻渦《うねり》を立てる日は、
六《む》坪ばかりの庭ながら
紅海沖《こうかいおき》が目に浮《うか》ぶ。


    暴風

洗濯物を入れたまま
大きな盥《たらひ》が庭を流れ、
地が俄《には》かに二三|尺《じやく》も低くなつたやうに
姫向日葵《ひめひまはり》の鬱金《うこん》の花の尖《さき》だけが見え、
ごむ手毬《でまり》がついと縁の下から出て、
潜水服を著《き》たお伽噺《とぎばなし》の怪物の顧※[#「目+丐」、192−上−11]《みえ》をしながら
腐つた紅《あか》いダリアの花に取り縋《すが》る。
五六枚しめた雨戸の間間《あひだあひだ》から覗《のぞ》く家族の顔は
どれも栗毛《くりげ》の馬の顔である。
雨はますます白い刄《やいば》のやうに横に降る。

わたしは颶風《あらし》にほぐれる裾《すそ》を片手に抑《おさ》へて、
泡立つて行《ゆ》く濁流を胸がすく程じつと眺める。
膝《ひざ》ぼしまで水に漬《つか》つた郵便配達夫を
人の木が歩いて来たのだと見ると、
濡《ぬ》れた足の儘《まゝ》廊下で跳《をど》り狂ふ子供等は
真鯉《まごひ》の子のやうにも思はれた。
ときどき不安と驚奇《きやうき》との気分の中で、
今日《けふ》の雨のやうに、
物の評価の顛倒《ひつくりかへ》るのは面白い。


    すいつちよ

青いすいつちよよ、
青い蚊帳《かや》に来て啼《な》く青いすいつちよよ、
青いすいつちよの心では
恋せぬ昔の私と思ふらん、
寂《さび》しい寂《さび》しい私と思ふらん。
思へば和泉《いづみ》の国にて聞いたその声も
今聞く声も変り無し、
きさくな、世《よ》づかぬ小娘の青いすいつちよよ。

[#1行アキは底本ではなし]青いすいつちよよ、
青いすいつちよは、なぜ啼《な》きさして黙《だま》るぞ。
わたしの外《ほか》に聞き慣れぬ男の気息《いき》に羞《はぢ》らふか、
やつれの見えるわたしの頬《ほ》、
ほつれたるわたしの髪をじつと見て、
虫の心も咽《むせ》んだか。

青いすいつちよよ、
何《なに》も歎《なげ》くな、驚くな、
わたしはすべて幸福《しあはせ》だ、
いざ、今日《けふ》此頃《このごろ》を語らはん、
来てとまれ、
わたしの左の白い腕《かひな》を借《か》すほどに。


    上総の勝浦

おお美《うつ》くしい勝浦、
山が緑の
優しい両手を伸ばした中に、
海と街とを抱いてゐる。

此処《ここ》へ来ると、
人間も、船も、鳥も、
青空に掛る円《まろ》い雲も、
すべてが平和な子供になる。

太洋《たいやう》で荒れる波も、
この浜の砂の上では、
柔かな鳴海《なるみ》絞りの袂《たもと》を
軽《かろ》く拡げて戯れる。

それは山に姿を仮《か》りて
静かに抱く者があるからだ。
おお美《うつ》くしい勝浦、
此処《ここ》に私は「愛」を見た。


    木《こ》の間《ま》の泉

木《こ》の間《ま》の泉の夜《よ》となる哀《かな》しさ、
静けき若葉の身ぶるひ、夜霧の白い息。

木《こ》の間《ま》の泉の夜《よ》となる哀《かな》しさ、
微風《そよかぜ》なげけば、花の香《か》ぬれつつ身悶《みもだ》えぬ。

木《こ》の間《ま》の泉の夜《よ》となる哀《かな》しさ、
黄金《こがね》のさし櫛《くし》、月姫《つきひめ》うるみて彷徨《さまよ》へり。

木《こ》の間《ま》の泉の夜《よ》となる哀《かな》しさ、
笛、笛、笛、笛、我等も哀《かな》しき笛を吹く。


    草の葉

草の上に
更に高く、
唯《た》だ一《ひと》もと、
二尺ばかり伸びて出た草。

かよわい、薄い、
細長い四五|片《へん》の葉が
朝涼《あさすゞ》の中に垂れて描《ゑが》く
女らしい曲線。

優しい草よ、
はかなげな草よ、
全身に
青玉《せいぎよく》の質《しつ》を持ちながら、
七月の初めに
もう秋を感じてゐる。

青い仄《ほの》かな悲哀、
おお、草よ、
これがそなたのすべてか。


    蛇

蛇《へび》よ、そなたを見る時、
わたしは二元論者になる。
美と醜と
二つの分裂が
宇宙に並存《へいぞん》するのを見る。
蛇よ、そなたを思ふ時、
わたしの愛の一辺《いつぺん》が解《わか》る。
わたしの愛はまだ絶対のもので無い。
蛮人《ばんじん》と、偽善者と、
盗賊と、奸商《かんしやう》と、
平俗な詩人とを恕《ゆる》すわたしも、
蛇よ、そなたばかりは
わたしの目の外《ほか》に置きたい。


    蜻蛉《とんぼ》

木の蔭《かげ》になつた、青暗《あおぐら》い
わたしの書斎のなかへ、
午後に
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