消え残る屋根の雪の色に
近き家家《いへいへ》は石造《いしづくり》の心地し、
神田、日本橋、
遠き街街《まちまち》の灯《ひ》のかげは
緑金《りよくこん》と、銀と、紅玉《こうぎよく》の
星の海を作れり。
電車の轢《きし》り………
飯田町《いひだまち》駅の汽笛………
ふと、われは涙ぐみぬ、
高きモンマルトルの
段をなせる路《みち》を行《ゆ》きて、
君を眺めし
夕《ゆふべ》の巴里《パリイ》を思ひ出《い》でつれば。
年末
あわただしい師走《しはす》、
今年の師走《しはす》
一箇月《いつかげつ》三十一日は外《よそ》のこと、
わたしの心の暦《こよみ》では、
わづか五六日《ごろくにち》で暮れて行《ゆ》く。
すべてを為《し》さし、思ひさし、
なんにも云《い》はぬ女にて、
する、する、すると幕になる。
市上
騒音と塵《ちり》の都、
乱民《らんみん》と賤民《せんみん》の都、
静思《せいし》の暇《いとま》なくて
多弁の世となりぬ。
舌と筆の暴力は
腕の其《そ》れに劣らず。
ここにして勝たんとせば
唯《た》だ吠《ほ》えよ、大声に吠《ほ》えよ、
さて猛《たけ》く続けよ。
卑しきを忘れし男、
醜きを耻《は》ぢざる女、
げに君達の名は強者《きやうしや》なり。
[#ここで段組終わり]
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第一の陣痛
(雑詩四十一章)
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第一の陣痛
わたしは今日《けふ》病んでゐる、
生理的に病んでゐる。
わたしは黙つて目を開《あ》いて
産前《さんぜん》の床《とこ》に横になつてゐる。
なぜだらう、わたしは
度度《たびたび》死ぬ目に遭つてゐながら、
痛みと、血と、叫びに慣れて居ながら、
制しきれない不安と恐怖とに慄《ふる》へてゐる。
若いお医者がわたしを慰めて、
生むことの幸福《しあはせ》を述べて下された。
そんな事ならわたしの方が余計に知つてゐる。
それが今なんの役に立たう。
知識も現実で無い、
経験も過去のものである。
みんな黙つて居て下さい、
みんな傍観者の位置を越えずに居て下さい。
わたしは唯《た》だ一人《ひとり》、
天にも地にも唯《た》だ一人《ひとり》、
じつと唇を噛《か》みしめて
わたし自身の不可抗力を待ちませう。
生むことは、現に
わたしの内から爆《は》ぜる
唯《
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