幻想を醗酵する季節、
冬よ、そなたの前に、
一人《ひとり》の厭人主義者《ミザントロオプ》も無ければ、
一人《ひとり》の卑怯《ひけふ》者も無い、
人は皆、十二の偉勲を建てた
ヘルクレスの子孫のやうに見える。
わたしは更に冬を讃《たゝ》へる。
まあ何《なん》と云《い》ふ
優しい、なつかしい他《た》の一面を
冬よ、そなたの持つてゐることぞ。
その永い、しめやかな夜《よる》。……
榾《ほだ》を焚《た》く田舎の囲炉裏《いろり》……
都会のサロンの煖炉《ストオブ》……
おお家庭の季節、夜会《やくわい》の季節
会話の、読書の、
音楽の、劇の、踊《をどり》の、
愛の、鑑賞の、哲学の季節、
乳呑児《ちのみご》のために
罎《びん》の牛乳の腐らぬ季節、
小《ち》さいセエヴルの杯《さかづき》で
夜会服《ロオブデコルテ》の
貴女《きぢよ》も飲むリキユルの季節。
とり分《わ》き日本では
寒念仏《かんねんぶつ》の、
臘八《らふはち》坐禅の、
夜業の、寒稽古《かんげいこ》の、
砧《きぬた》の、香《かう》の、
茶の湯の季節、
紫の二枚|襲《がさね》に
唐織《からおり》の帯の落着く季節、
梅もどきの、
寒菊《かんぎく》の、
茶の花の、
寒牡丹《かんぼたん》の季節、
寺寺《てらでら》の鐘の冴《さ》える季節、
おお厳粛な一面の裏面《うら》に、
心憎きまで、
物の哀れさを知りぬいた冬よ、
楽《たのし》んで溺《おぼ》れぬ季節、
感性と理性との調和した季節。
そなたは万物の無尽蔵、
ああ、わたしは冬の不思議を直視した。
嬉《うれ》しや、今、
その冬が始まる、始まる。
収穫《とりいれ》の後《のち》の田に
落穂《おちほ》を拾ふ女、
日の出前に霜を踏んで
工場《こうば》に急ぐ男、
兄弟よ、とにかく私達は働かう、
一層働かう、
冬の日の汗する快さは
わたし達無産者の景福《けいふく》である。
おお十一月、
冬が始まる。
木下杢太郎さんの顔
友の額《ひたひ》のうへに
刷毛《はけ》の硬さもて逆立《さかだ》つ黒髪、
その先すこしく渦巻き、
中に人差指ほど
過《あやま》ちて絵具の――
ブラン・ダルジヤンの附《つ》きしかと……
また見直せば
遠山《とほやま》の襞《ひだ》に
雪|一筋《ひとすぢ》降れるかと。
然《しか》れども
友は童顔、
いつまでも若き日の如《ごと》く
物言へば頬《ほ》の染《そ》み、
目は微笑《
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