五歳《いつゝ》に満たぬアウギユスト、
みづから恃《たの》むその性《さが》を
母はよしやと笑《ゑ》みながら、
はた涙ぐむ、人知れず。


    正月

紅梅《こうばい》と菜《な》の花を生《い》けた壺《つぼ》。
正月の卓《テエブル》に
格別かはつた飾りも無い。
せめて、こんな暇にと、
絵具箱を開《あ》けて、
わたしは下手《へた》な写生をする。
紅梅《こうばい》と菜《な》の花を生《い》けた壺《つぼ》。


    唯一《ゆひいつ》の問《とひ》

唯《た》だ一つ、あなたに
お尋ねします。
あなたは、今、
民衆の中《なか》に在るのか、
民衆の外《そと》に在るのか、
そのお答《こたへ》次第で、
あなたと私とは
永劫《えいごふ》[#ルビの「えいごふ」は底本では「えいがふ」]、天と地とに
別れてしまひます。


    秋の朝

白きレエスを透《とほ》す秋の光
木立《こだち》と芝生との反射、
外《そと》も内《うち》も
浅葱《あさぎ》の色に明るし。
立ちて窓を開けば
木犀《もくせい》の香《か》冷《ひや》やかに流れ入《い》る。

椅子《いす》の上に少しさし俯《うつ》向き、
己《おの》が手の静脈の
ほのかに青きを見詰めながら、
静かなり、今朝《けさ》の心。


    秋の心

歌はんとして躊躇《ためら》へり、
かかる事、昨日《きのふ》無かりき。
善《よ》し悪《あ》しを云《い》ふも慵《ものう》し、
これもまた此《この》日の心。

我《わ》れは今ひともとの草、
つつましく濡《ぬ》れて項垂《うなだ》[#「項垂」は底本では「頂垂」]る。
悲しみを喜びにして
爽《さわや》かに大いなる秋。


    今宵の心

何《なん》として青く、
青く沈み入《い》る今宵《こよひ》の心ぞ。
指に挟《はさ》む筆は鉄の重味、
書きさして見詰むる紙に
水の光流る。


    我歌

求めたまふや、わが歌を。
かかる寂《さび》しきわが歌を。
それは昨日《きのふ》の一《ひと》しづく、
底に残りし薔薇《ばら》の水。
それは千《ち》とせの一《ひと》かけら、
砂に埋《うも》れし青き玉《たま》。


    憎む

憎む、
どの玉葱《たまねぎ》も冷《ひやゝ》かに
我を見詰めて緑なり。

憎む、
その皿の余りに白し、
寒し、痛し。

憎む、
如何《いか》なれば二方《にはう》の壁よ、
云《い》ひ合せて耳を立つるぞ。


  
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