じつと
其等《それら》の香《か》の中に浸《ひた》る。
またやがて浸《ひた》ると云《い》はう、
爽《さは》やかに美しい大自然の
悠久《いうきう》の中に。

此《こ》の小《ち》さい私の感激を
人の言葉に代へて云《い》ふ者は、
私の側《そば》に立つて
紅《あか》い涙を著《つ》けたやうな
ひとむらの犬蓼《いぬたで》の花。


    海峡の朝

十一月の海の上を通る
快い朝方《あさがた》の風がある。
それに乗つて海峡を越える
無数の桃色の帆、金色《こんじき》の帆、
皆、朝日を一《いつ》ぱいに受けてゐる。

わたしはたつた一人《ひとり》
浜の草原《くさはら》に蹲踞《しやが》んで、
翡翠色《ひすゐいろ》の海峡に
あとから、あとからと浮《うき》出して来る
船の帆の花片《はなびら》に眺め入《い》る。

わたしの周囲には、
草が狐色《きつねいろ》の毛氈《まうせん》を拡げ、
中には、灌木《かんぼく》の
銀の綿帽子を著《つ》けた杪《こずゑ》や
牡丹色《ぼたんいろ》の茎が光る。

後ろの方では、
何処《どこ》の街の工場《こうば》か、
遠い所で一《ひと》しきり、
甘えるやうな汽笛の音《おと》が
長い金属の線を空に引く。


    秋の盛り

秋の盛りの美《うつ》くしや、
※[#「くさかんむり/繁」、第3水準1−91−43]※[#「くさかんむり/婁」、第3水準1−91−21]《はこべ》の葉さへ小さなる
黄金《こがね》の印《いん》をあまた佩《お》び、
野葡萄《のぶだう》さへも瑠璃《るり》を掛く。[#「掛く。」は底本では「掛く」]

百舌《もず》も鶸《ひは》[#ルビの「ひは」は底本では「ひよ」]も肥えまさり、
里の雀《すゞめ》も鳥らしく
晴れたる空に群れて飛び、
蜂《はち》も巣毎《すごと》に子の歌ふ。

小豆色《あづきいろ》する房垂れて
鶏頭《けいとう》高く咲く庭に、
一《ひと》しきり射《さ》す日の入りも
涙ぐむまで身に沁《し》みぬ。


    朝顔の花

朝顔の花うらやまし、
秋もやうやく更けゆくに、
真垣《まがき》を越えて、丈《たけ》高き
梢《こづゑ》にさへも攀《よ》ぢゆくよ。

朝顔の花、人ならば
匂《にほ》ふ盛りの久しきを
世や憎みなん、それゆゑに
思はぬ恥も受けつべし。

朝顔の花、めでたくも
百千《もゝち》の色のさかづきに
夏より秋を注《つ》ぎながら、
飽くこと知らで日にぞ酔《ゑ》
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