《がいだう》の丈《たけ》高き欅《けやき》の並木に迷ひ、
籾《もみ》する石臼《いしうす》の音、近所|隣《となり》にごろごろとゆるぎ初《そ》むれば、
「とつちやん[#「とつちやん」は底本では「とつちんや」]」と小《ちさ》き末《すゑ》娘に呼ばれて、門先《かどさき》の井戸の許《もと》に鎌磨《かまと》ぐ老爺《おやぢ》もあり。
かかる時、たとへば渋谷の道玄坂の如《ごと》く、
突きあたりて曲る、行手《ゆくて》の見えざる広き坂を、
今結びし藁鞋《わらぢ》の紐《ひも》の切目《きりめ》すがすがしく、
男も女も脚絆《きやはん》して足早《あしばや》に上《のぼ》りゆく旅姿こそをかしからめ。

葡萄《ぶだう》いろの秋の空の、されど又さびしきよ。
われを父母《ちゝはゝ》ありし故郷《ふるさと》の幼心《をさなごゝろ》に返し、
恋知らぬ素直なる処女《をとめ》の如《ごと》くにし、
中《なか》六番町の庭の無花果《いちじく》[#「無花果」は底本では「無果花」]の木の下《もと》、
手を組みて云《い》ひ知らぬ淡《あは》き愁《うれひ》に立たしめぬ、
おそらくは此朝《このあさ》の無花果《いちじく》のしづくよ、すべて涙ならん。


    郊外

けたたましく
私を喚《よ》んだ百舌《もず》は何処《どこ》か。
私は筆を擱《お》いて門《もん》を出た。
思はず五六|町《ちやう》を歩いて、
今丘の上に来た。

見渡す野のはてに
青く晴れた山、
日を薄桃色《うすもゝいろ》に受けた山、
白い雲から抜け出して
更に天を望む山。

今朝《けさ》の空はコバルトに
少し白を交ぜて濡《ぬ》れ、
その下の稲田《いなだ》は
黄金《きん》の総《ふさ》で埋《うづ》まり、
何処《どこ》にも広がる太陽の笑顔。

そよ風も悦《よろこ》びを堪《こら》へかね、
その静かな足取《あしどり》を
急に踊りの振《ふり》に換へて、
またしても円《まろ》く大きく
芒《すゝき》の原を滑《す》べる。

縦横《たてよこ》の路《みち》は
幾すぢの銀を野に引き、
或《ある》ものは森の彼方《かなた》に隠れ、
或《ある》ものは近き村の口から
荷馬車と共に出て来る。

ああ野は秋の最中《もなか》、
胸|一《いつ》ぱいに空気を吸へば、
人を清く健《すこ》[#ルビの「すこ」は底本では「すこや」]やかにする
黒土《くろつち》の香《か》、草の香《か》、
穀物の香《か》、水の香《か》。

私は
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