咲く。


    秋声

初秋《はつあき》の日の砂の上に
ひろき葉一つ、はかなくも
薄黄《うすき》を帯びし灰色の
影をば曳《ひ》きて落ち来《きた》る。
あはれ傷つく鳥ならば
血に染《そ》みつつも叫ばまし、
秋に堪《た》へざる落葉《おちば》こそ
反古《ほご》にひとしき音《おと》すなれ。


    秋

秋は薄手《うすで》の杯《さかづき》か、
ちんからりんと杯洗《はいせん》に触れて沈むよな虫が啼《な》く。
秋は妹の日傘《パラソル》か、
きやしやな翡翠《ひすゐ》の柄《え》の把手《とつて》、
明るい黄色《きいろ》の日があたる。

さて、また、秋は廿二三《にじふにさん》の今様《いまやう》づくり、
青みを帯びたお納戸《なんど》の著丈《きだけ》すらりと、
白茶地《しらちやぢ》に金糸《きんし》の多い色紙形《しきしがた》、唐織《からおり》の帯も眩《まばゆ》く、
園遊会の片隅のいたや楓《もみぢ》の蔭《かげ》を行《ゆ》き、
少し伏目に、まつ白な菊の花壇をじつと見る。

それから後ろのわたしと顔を見合せて、
「まあ、いい所で」と走り寄り、
「どうしてそんなにお痩《や》せだ」と、
十歳《とを》の時、別れた姉のやうな口振《くちぶり》は、
優しい、優しい秋だこと。


    街に住みて

葡萄《ぶだう》いろの秋の空を仰《あふ》[#ルビの「あふ」は底本では「おほ」]げば、
初めて斯《か》かるみづみづしき空を見たる心地す。
われ今日《けふ》まで何《なに》をしてありけん、
厨《くりや》と書斎に在《あ》りしことの寂《さび》しきを知らざりしかな。
わが心|今更《いまさら》の如《ごと》く解かれたるを感ず。

葡萄色《ぶだういろ》の秋の空は露にうるほふ、
斯《か》かる日にあはれ田舎へ行《ゆ》かまし。
そこにて掘りたての里芋を煮る吊鍋《つりなべ》の湯気を嗅《か》ぎ、
そこにて尻尾《しりを》ふる百舌《もず》の甲高《かんだか》なる叫びを聞き、
そこにて刈稲《かりいね》を積みて帰る牛と馬とを眺め、
そこにて鳥兜《とりかぶと》と野菊《のきく》と赤き蓼《たで》とを摘まばや。

葡萄《ぶだう》いろの秋の空はまた田舎の朝によろし。
砂川《すなかは》の板橋の上に片われ月《づき》しろく残り、
「川魚御料理《かはうをおんれうり》」の家《いへ》は未《いま》だ寝たれど、
百姓屋の軒毎《のきごと》に立つる朝食《あさげ》の煙は
街道
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