《しゆす》の喪《も》の掛布《かけふ》。

空は空とて悲しきか、
かなしみ多き我胸《わがむね》も
墨と銀との泣き交《かは》す
ゆふべの色に変る頃。


    夏草

庭に繁《しげ》れる雑草も
見る人によりあはれなり、
心に上《のぼ》る雑念《ざふねん》も
一一《いち/\》見れば捨てがたし。
あはれなり、捨てがたし、
捨てがたし、あはれなり。


    たんぽぽの穂

うすずみ色の梅雨空《つゆぞら》に、
屋根の上から、ふわふわと
たんぽぽの穂が[#「穂が」は底本では「穂か」]白く散る。

※[#「執/れっか」、184−下−2]《ねつ》と笑ひを失つた
老いた世界の肌皮《はだかは》が
枯れて剥《は》がれて落ちるのか。

たんぽぽの穂の散るままに、
ちらと滑稽《おど》けた骸骨《がいこつ》が
前に踊つて消えて行《い》く。

何《なに》か心の無かるべき。
ほつと気息《いき》をばつきながら
思ひあまりて散るならん、
梅雨《つゆ》[#ルビの「つゆ」は底本では「づゆ」]の晴間《はれま》の屋根の草。


    屋根の草

一《ひと》むら立てる屋根の草、
何《な》んの草とも知らざりき。
梅雨《つゆ》の晴間《はれま》に見上ぐれば、
綿より脆《もろ》く、白髪《しらが》より
細く、はかなく、折折《をりをり》に
たんぽぽの穂がふわと散る。


    五月雨と私

ああ、さみだれよ、昨日《きのふ》まで、
そなたを憎いと思つてた。
魔障《ましやう》の雲がはびこつて
地を亡《ほろ》ぼそと降るやうに。

もし、さみだれが世に絶えて
唯《た》だ乾く日のつづきなば、
都も、山も、花園も、
サハラの沙《すな》となるであろ。

恋を命とする身には
涙の添ひてうらがなし。
空を恋路にたとへなば、
そのさみだれはため涙。

降れ、しとしとと、しとしとと、
赤をまじへた、温かい
黒の中から、さみだれよ、
網形《あみがた》に引け、銀の糸。

ああ、さみだれよ、そなたのみ、
わが名も骨も朽ちる日に、
埋《うも》れた墓を洗ひ出し、
涙の手もて拭《ぬぐ》ふのは。


    隅田川

隅田川、
隅田川、
いつ見ても
土の色して
かき濁り、
黙《もく》して流《なが》る。

今は我身《わがみ》に
引きくらべ、
土より出たる
隅田川、
隅田川、
ひとしく悲し。

行《ゆ》く人は
悪を離れず、
行《ゆ》く水は
土を離れず。
隅田
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