救はれる、
沈滞と怠慢とから、
安易と姑息《こそく》とから、
小さな怨嗟《ゑんさ》から、
見苦《みぐるし》い自己忘却から、
サンチマンタルから、
無用の論議から……
おお、密雲の近づく中の
霹靂《へきれき》の一音《いちおん》、
それが振鈴《しんれい》だ、
見よ、今、
赫灼《かくしやく》たる夏の女王《ぢよわう》の登場。
五月の歌
ああ、五月《ごぐわつ》、
そなたは、美《うつ》くしい
季節の処女《をとめ》
太陽の花嫁。
そなたの為《た》めに、
野は躑躅《つゝじ》を、
水は杜若《かきつばた》を、
森は藤《ふぢ》を捧《さゝ》げる。
微風《そよかぜ》も、蜜蜂《みつばち》も、
はた杜鵑《ほとゝぎす》も、
唯《た》だそなたを
讃《ほ》めて歌ふ。
五月《ごぐわつ》よ、そなたの
桃色の微笑《ほゝゑみ》は
木蔭《こかげ》の薔薇《ばら》の
花の上にもある。
五月|礼讃《らいさん》
五月《ごぐわつ》は好《よ》い月、花の月、
芽の月、香《か》の月、色《いろ》の月、
ポプラ、マロニエ、プラタアヌ、
つつじ、芍薬《しやくやく》、藤《ふぢ》、蘇枋《すはう》、
リラ、チユウリツプ、罌粟《けし》の月、
女の服のかろがろと
薄くなる月、恋の月、
巻冠《まきかんむり》に矢を背負ひ、
葵《あふひ》をかざす京人《きやうびと》が
馬競《うまくら》べする祭月《まつりづき》、
巴里《パリイ》の街の少女等《をとめら》が
花の祭に美《うつ》くしい
貴《あて》な女王《ぢよわう》を選ぶ月、
わたしのことを云《い》ふならば
シベリアを行《ゆ》き、独逸《ドイツ》行《ゆ》き、
君を慕うてはるばると
その巴里《パリイ》まで著《つ》いた月、
菖蒲《あやめ》の太刀《たち》と幟《のぼり》とで
去年うまれた四男《よなん》目の
アウギユストをば祝ふ月、
狭い書斎の窓ごしに
明るい空と棕櫚《しゆろ》の木が
馬来《マレエ》の島を想《おも》はせる
微風《そよかぜ》の月、青い月、
プラチナ色《いろ》の雲の月、
蜜蜂《みつばち》の月、蝶《てふ》の月、
蟻《あり》も蛾《が》となり、金糸雀《かなりや》も
卵を抱《いだ》く生《うみ》の月、
何《なに》やら物に誘《そゝ》られる
官能の月、肉の月、
ヴウヴレエ酒の、香料の、
踊《をどり》の、楽《がく》の、歌の月、
わたしを中に万物《ばんぶつ》が
堅く抱きしめ、縺《もつ》れ合ひ、
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