の秘経《ひきやう》の奥に
愛と栄華を保証する
運命の黄金《きん》の大印《たいいん》、牡丹《ぼたん》。
おお、そなたは、また、
新しき思想が我に差出す
甘き接吻《ベエゼ》の唇、牡丹《ぼたん》。
我は狂ほしき眩暈《めまひ》の中に
そを受けぬ、そを吸ひぬ、
※[#「執/れっか」、177−上−1]《あつ》き、※[#「執/れっか」、177−上−1]《あつ》きヒユウマニズムの唇、牡丹《ぼたん》。
おお、今こそ目を閉ぢて見る我が奥に、
そなたは我が愛、我が心臓、
我が真赤《まつか》なる心の花、牡丹《ぼたん》。
初夏《はつなつ》
初夏《はつなつ》が来た、初夏《はつなつ》は
髪をきれいに梳《す》き分けた
十六七の美少年。
さくら色した肉附《にくづき》に、
ようも似合うた詰襟《つめえり》の
みどりの上衣《うはぎ》、しろづぼん。
初夏《はつなつ》が来た、初夏《はつなつ》は
青い焔《ほのほ》を沸《わ》き立たす
南の海の精であろ。
きやしやな前歯に麦の茎
ちよいと噛《か》み切り吹く笛も
つつみ難《がた》ない火の調子。
初夏《はつなつ》が来た、初夏《はつなつ》は
ほそいづぼんに、赤い靴、
杖《つゑ》を振り振り駆けて来た。
そよろと匂《にほ》ふ追風《おひかぜ》に、
枳殻《きこく》の若芽、けしの花、
青梅《あをうめ》の実も身をゆする。
初夏《はつなつ》が来た、初夏《はつなつ》は
五行ばかりの新しい
恋の小唄《こうた》をくちずさみ、
女の呼吸《いき》のする窓へ、
物を思へど、蒼白《あをじろ》い
百合《ゆり》の陰翳《かげ》をば投げに来た。
夏の女王
おお、暑い夏、今年の夏、
ほんとうに夏らしい夏、
不足の言ひやうのない夏、
太陽のむき出しな
心臓の皷動《こどう》に調子を合せて、
万物が一斉に
うんと力《りき》み返り、
肺|一《いつ》ぱいの息を太くつき
たらたらと汗を流し、
芽と共に花を、
花と共に香りを、
愛と共に歌を、
歌と共に踊りを、
内から投げ出さずにゐられない夏、
金色《こんじき》に光る夏、
真紅《しんく》に炎上する夏、
火の粉《こ》を振撒《ふりま》く夏、
機関銃で掃射する夏、
沸騰する焼酎《せうちう》の夏、
乱舞する獅子頭《ししかしら》の夏、
かう云《い》ふ夏のあるために
万物は目を覚《さま》し、
天地《てんち》初生《しよせい》の元気を復活し、
救はれる、
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