顔を埋《うづ》めて下を向く
若い男の太陽よ。
しかし早くも、美《うつ》くしい
うすくれなゐの微笑《ほゝゑみ》は
太陽の頬《ほ》にさつと照り、
掩《おほ》ひ切れざる喜びの
底ぢからある目差《まなざし》は
金《きん》の光をちらと射る。
あたりを見れば、桃さくら、
エリオトロオプ、チユウリツプ、
小町《こまち》娘を選《よ》りぬいた
花の踊りの幾むれが
春の歌をば口口《くちぐち》に
細い腕《かひな》をさしのべて、
ああ太陽よ、新しく
そなたを祝ふ朝が来た。
もとより若い太陽に
春は途中の駅《しく》なれば、
いざ此処《ここ》にして胸を張り
全身の血を香らせて
花と青葉を呼吸せよ、
いざ魂《たましひ》をすこやかに
はた清くして、晶液《しやうえき》の
滴《したゝ》る水に身を洗へ。
やがて、そなたの行先《ゆくさき》は
すべての溝が毒に沸《わ》き、
すべての街が悪に燃え、
腐れた匂《にほ》ひ、※[#「執/れっか」、165−上−4]《あつ》い気息《いき》、
雨と洪水、黴《かび》と汗、
蠕虫《うじ》[#ルビの「うじ」は底本では「うぢ」]、バクテリヤ、泥と人、
其等《それら》の物の入《い》りまじり、
濁り、泡立ち、咽《む》せ返る
夏の都を越えながら、
汚《けが》れず、病まず、悲《かなし》まず、
信と勇気の象形《うらかた》に
細身の剣と百合《ゆり》を取り、
ああ太陽よ、悠揚《いうやう》と
秋の野山に分け入《い》れよ、
其処《そこ》にそなたの唇は
黄金《きん》の果実《このみ》に飽くであろ。
雑草
雑草こそは賢けれ、
野にも街にも人の踏む
路《みち》を残して青むなり。
雑草こそは正しけれ、
如何《いか》なる窪《くぼ》も平《たひら》かに
円《まろ》く埋《うづ》めて青むなり。
雑草こそは情《なさけ》あれ、
獣《けもの》のひづめ、鳥の脚《あし》、
すべてを載せて青むなり。
雑草こそは尊《たふと》けれ、
雨の降る日も、晴れし日も、
微笑《ほゝゑ》みながら青むなり。
桃の花
すくすく伸びた枝毎《えだごと》に
円《まろ》くふくらむ好《よ》い蕾《つぼみ》。
若い健気《けなげ》な創造の
力に満ちた桃の花。
この世紀から改まる
女ごころの譬《たとへ》にも
私は引かう、華やかに
この美《うつ》くしい桃の花。
ひと目見るなり、太陽も、
風も、空気も、人の頬《ほ》も、
さつと真赤《
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