春よ春、
そなたの肌のぬくもりを
微風《そよかぜ》として軒《のき》に置け。
その手には
屹度《きつと》、蜜《みつ》の香《か》、薔薇《ばら》の夢、
乳《ちゝ》のやうなる雨の糸。
想《おも》ふさへ
好《よ》しや、そなたの贈り物、
そして恋する赤い時。
春よ春、
おお、横顔をちらと見た。
緑の雪が散りかかる。
我前に梅の花
わが前に梅の花、
淡《うす》き緑を注《さ》したる白、
ルイ十四世《じふしせ》の白、
上には瑠璃《るり》色の
支那絹《しなぎぬ》の空、
目も遥《はる》に。
わが前に梅の花、
心は今、
白金《はくきん》の巣に
香《か》に酔《ゑ》ふ小鳥、
ほれぼれと、一節《ひとふし》、
高音《たかね》に歌はまほし。
わが前に梅の花、
心は更に、
空想の中なる、
羅馬《ロオマ》を見下《みおろ》す丘の上の、
大理石の柱廊《ちゆうらう》[#ルビの「ちゆうらう」は底本では「ちうらう」]に
片手を掛けたり。
紅梅
おお、ひと枝の
花屋の荷のうへの
紅梅の花、
薄暗《うすくら》い長屋の隅で
ポウブルな母と娘が
つぎ貼《は》りした障子の中の
冬の明《あか》りに、
うつむいて言葉すくなく、
わづかな帛片《きれ》と
糊《のり》と、鋏《はさみ》と、木の枝と、
青ざめた指とを用ひて、
手細工《てざいく》に造つた花と云《い》はうか。
いぢらしい花よ、
涙と人工との
羽二重の赤玉《あかだま》を綴《つゞ》つた花よ、
わたしは悲しい程そなたを好く。
なぜと云《い》ふなら、
そなたの中に私がある、
私の中にそなたがある。
そなたと私とは
厳寒《げんかん》と北風《きたかぜ》とに曝《さら》されて、
あの三月《さんぐわつ》に先だち、
怖《おそ》る怖《おそ》る笑つてゐる。
新柳
空は瑠璃《るり》いろ、雨のあと、
並木の柳、まんまろく
なびく新芽の浅みどり。
すこし離れて見るときは、
散歩の路《みち》の少女《をとめ》らが
深深《ふかぶか》とさす日傘《パラソル》か。
蔭《かげ》に立寄り見る時は、
絵のなかに舞ふ鳳凰《ほうわう》の
雲より垂れた錦尾《にしきを》か。
空は瑠璃《るり》いろ、雨のあと、
並木の柳、その枝を
引けば翡翠《ひすゐ》の露が散る。
牛込見附外
牛込見附《うしごめみつけ》の青い色、
わけて柳のさばき髪《がみ》、
それが映つた濠《ほ
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