と云《い》はるるはよし、
唯《た》だ恐る、かの粗忽《そこつ》者こそ世に多けれ。


    女

「鞭《むち》を忘るな」と
ヅアラツストラは云《い》ひけり。
「女こそ牛なれ、羊なれ。」
附《つ》け足して我ぞ云《い》はまし、
「野に放《はな》てよ」


    大祖母の珠数

わが祖母の母は我が知らぬ人なれども、
すべてに華奢《きやしや》を好みしとよ。
水晶の珠数《じゆず》にも倦《あ》き、珊瑚《さんご》の珠数《じゆず》にも倦《あ》き、
この青玉《せいぎよく》の珠数《じゆず》を爪繰《つまぐ》りしとよ。
我はこの青玉《せいぎよく》の珠数《じゆず》を解きほぐして、
貧しさに与ふべき玩具《おもちや》なきまま、
一つ一つ我が子等《こら》の手にぞ置くなる。


    我歌

わが歌の短ければ、
言葉を省くと人思へり。
わが歌に省くべきもの無し、
また何《なに》を附《つ》け足さん。
わが心は魚《うを》ならねば鰓《えら》を持たず、
唯《た》だ一息にこそ歌ふなれ。


    すいつちよ

すいつちよよ、すいつちよよ、
初秋《はつあき》の小《ち》さき篳篥《ひちりき》を吹くすいつちよよ、
その声に青き蚊帳《かや》は更に青し。
すいつちよよ、なぜに声をば途切らすぞ、
初秋《はつあき》の夜《よ》の蚊帳《かや》は錫箔《すゞはく》の如《ごと》く冷たきを……
すいつちよよ、すいつちよよ。


    油蝉

あぶら蝉《ぜみ》の、じじ、じじと啼《な》くは
アルボオス石鹸《しやぼん》の泡なり、
慳貪《けんどん》なる商人《あきびと》の方形《はうけい》に開《ひら》く大口《おほぐち》なり、
手掴《てづか》みの二銭銅貨なり、
いつの世もざらにある芸術の批評なり。


    雨の夜

夏の夜《よ》のどしやぶりの雨……
わが家《いへ》は泥田《どろた》の底となるらん。
柱みな草の如《ごと》くに撓《たわ》み、
それを伝ふ雨漏りの水は蛇の如《ごと》し。
寝汗の香《か》……哀れなる弱き子の歯ぎしり……
青き蚊帳《かや》は蛙《かへる》の喉《のど》の如《ごと》くに膨《ふく》れ、
肩なる髪は眼子菜《ひるむしろ》のやうに戦《そよ》ぐ。
このなかに青白き我顔《わがかほ》こそ
芥《あくた》に流れて寄れる月見草《つきみさう》の蕊《しべ》なれ。


    間問題

相共《あひとも》にその自《みづか》らの力を試さぬ人と行《ゆ》かじ、
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