彼等の心には隙《すき》あり、油断あり。
よしもなき事ども――
善悪と云《い》ふ事どもを思へるよ。
現実
過去はたとひ青き、酸《す》き、充《み》たざる、
如何《いか》にありしとも、
今は甘きか、匂《にほ》はしきか、
今は舌を刺す力あるか、無きか、
君よ、今の役に立たぬ果実《このみ》を摘むなかれ。
饗宴
商人《あきびと》らの催せる饗宴《きやうえん》に、
我の一人《ひとり》まじれるは奇異ならん、
我の周囲は目にて満ちぬ。
商人《あきびと》らよ、晩餐《ばんさん》を振舞へるは君達なれど、
我の食らふは猶《なほ》我の舌の味《あぢは》ふなり。
さて、商人《あきびと》らよ、
おのおの、その最近の仕事に就《つ》いて誇りかに語れ、
我はさる事をも聴くを喜ぶ。
歯車
かの歯車は断間《たえま》なく動けり、
静かなるまでいと忙《せは》しく動けり、
彼《か》れに空《むな》しき言葉無し、
彼《か》れのなかに一切を刻むやらん。
異性
すべて異性の手より受取るは、
温かく、やさしく、匂《にほ》はしく、派手に、
胸の血の奇《あや》しくもときめくよ。
女のみありて、
女の手より女の手へ渡る物のうら寂《さび》しく、
冷たく、力なく、
かの茶人《ちやじん》の間《あひだ》に受渡す言葉の如《ごと》く
寒くいぢけて、質素《ぢみ》[#ルビの「ぢみ」は底本では「じみ」]なるかな。
このゆゑに我は女の味方ならず、
このゆゑに我は裏切らぬ男を嫌ふ。
かの袴《はかま》のみけばけばしくて
寂《さび》しげなる女のむれよ、
かの傷もたぬ紳士よ。
わが心
わが心は油よ、
より多く火をば好めど、
水に附《つ》き流るるも是非なや。
儀表《ぎへう》
鞣《なめ》さざる象皮《ざうひ》の如《ごと》く、
受精せざる蛋《たまご》の如《ごと》く、
胎《たい》を出《い》でて早くも老《お》いし顔する駱駝《らくだ》の子の如《ごと》く、
目を過ぐるもの、凡《およ》そこの三種《みくさ》を出《い》でず。
彼等は此《この》国の一流の人人《ひとびと》なり。
白蟻
白蟻《しろあり》の仔虫《しちう》こそいたましけれ、
職虫《しよくちう》の勝手なる刺激に由《よ》り、
兵虫《へいちう》とも、生殖虫とも、職虫《しよくちう》とも、
即《すなは》ち変へらるるなり。
職虫《しよくち
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