ああ月よ、
そなた[#「そなた」に傍点]は私を迎へて
かの高きへ引き上げる。
私は今、光る雲の上で、
そなた[#「そなた」に傍点]と遊んでゐる。

[#改ページ]

 昭和九年


  那須に病みて

下つ毛の八溝《やみぞ》の山を
高原《たかはら》の那須より見れば、
いと長く、はた、いと低し。
指さして人教ふらく、
かしここそ陸奥《みちのく》ざかひ、
いにしへの世の作者たち、
遠きをば現はすことに
白河の関を引きつれ、
その里は山の裾なり。
雪の日の斯かるけしきを
端近く出でて望めど、
昨日より病のあれば
いにしへの世も身に沁まず、
今のことはた気疎《けうと》くて、
みづからの目に見るものは、
今少し陸奥よりも、
白河の関よりも猶
遥かにて、雪いと白く、
ひた寒き、この世ならざる
国のさかひぞ。


  楓の芽

やさしい楓の枝、小枝、
今、伸ばしはじめた
紅い新芽、
柿右衛門の手法と
芸術境を
正に此の楓は知つてゐる。

かはいい小鳥の足とても、
こんなに繊細な
美くしさは持つてゐない。
珊瑚の小枝は是れよりも剛《かた》く、
紅い糸状の海草の或物は
是れに似て、併し柔軟に過ぎる。

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