か、此世には、
思ひあへども逢はぬこと、
逢はれぬことに如《し》くぞ無き。

心うれしく躍るなり、
身に余りたる我が恋は
君知らしめせ、忍びかね、
衣《きぬ》を通して光るとも。

こころぞ躍る、この夕、
君来たまはんしるしなり、
蜘蛛は軒より一すぢの、
長き糸こそ垂れにけれ。


  森の新秋

今日の森は涼し、
わたり行く風の音
はらはらと旗を振る。

濃いお納戸《なんど》の空、
上の山より斜めに
遠き地平にまで晴れたり。

まろく白き雲ひとつ
帆の如くに浮び出で、
その空も海に似る。

森の木は皆高し、
ぶな、黒樺、稀れに赤松、
樹脂の香《か》の爽かさ。

太陽は近き幹をすべり、
我が凭る椅子の脚にも
手を伸べて金《きん》を塗る。

かのぶな[#「ぶな」に傍点]の枝に巣あり、
何の小鳥ぞ、胸は朱、
鳴かずして二羽帰る。

紅萩、みじかき茅、
りんだうの紫の花、
猶濡れたれば行かじ。

我れは屋前の椅子に、
読みさせる書をまた開く。
秋は今日森に満つ。


  〔無題〕

蒋介石に手紙を出したが、
届いたと云ふことを聞かぬ。
聞違つてゐた、
わたしは唐韻の詩で書いた、
商用華語を知ら
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