立ちて
後ろを見れば、
過ぎ去る、
過ぎ去る、
逃げるやうに過ぎ去る
わたしの小蒸汽。
後ろに長く引くのは、
板硝子のやうな航跡、
その両側に
船底から食《は》み出した浪が
糊を附けて硬《こは》ばつた
藍色の布の
襞と皺とを盛り上げる。
ぱつと白く、
そのなかに、遠ざかる
港の桟橋を隠して、
レエスの網を跳ね上げる飛沫《しぶき》。
また突然に沢山のS《エス》の字が
言葉のやうに呟いて
やがて消えゆく泡。
陸から、人から、
貧乏から、筆から、
わたしの平生から、
ああ、かうして離れるのは好い。
過ぎ去る、
過ぎ去る、
わたしの小蒸汽。
瞼
まぶたよ、
何と云ふ自在な鎧窓だ。
おかげで、わたしは
じつと内を観る。
唯だ気の毒なのは、折々
涙の雨で濡れることである。
[#改ページ]
昭和五年
少女子《をとめご》の花
(卒業生を送る歌)
教へ子のわが少女《をとめ》たち、
この花をいざ受けたまへ。
君たちのめでたき門出、
よき此日、うれしき此日、
そのはじめ皆をさなくて
ほの紅き蕾と見しも、
いつしかとわが少女たち
この花にいとこそ似たれ。
似たまふは姿
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