する人も
かかる恐怖《おびえ》を知らざらん、
我れは家をば船とする。
〔無題〕
からりと晴れた
夏の日に、
季節ちがひの
くわりん[#「くわりん」に傍点]の果《み》の香りが
一すぢ、
わたしの心のなかに、
その果肉の甘さを以て
ただよつてゐる。
わたしの心は
踊り疲れた女のやうに
半眠つてゐる。
さうして、半嗅いでゐる、
そのくわりん[#「くわりん」に傍点]の果の香りを。
こんな時が
十分ほど続いて、
ふと現実に還つたあとで、
また、姑《しば》らく、
わたしの重い頭が
猶そのくわりん[#「くわりん」に傍点]の果の香りを
目の前にあるやうに探してゐる。
耳もとには
貪欲な蚊が一つ二つ唸つてゐる。
平凡な
暑くるしい夕ぐれ。
書きかけた原稿が
机にわたしを待つてゐる。
くわりん[#「くわりん」に傍点]の果の香りは
わたしの感情と一緒に
もうまた帰りさうにない。
〔無題〕
地平線は
高く高く上《あが》つて、
はての無い燥《かわ》いた砂原を、
星の多い、
明るい月夜の空に
結びつけてゐる。
砂原のなかには、
一ところ、
廃墟のやうな、
一段盛りあがつた丘の上に、
方
前へ
次へ
全116ページ中64ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング