形な白い石の家が立ち、
遥かな前方には、
一すぢの廻りくねつた川が
茂つた木立ちの中を縫つてゐる。

夜見る木立は
草のやうに低く黒く集団《かたま》り、
中には、ほのかに、
二本、三本、
針金のやうな細い幹が
傾いて立つてゐる。

月の光の当たつてゐる部分は、
川も、木立も、
銀の鍍金《めつき》をして輝き、
陰影はすべて
鉄のやうに重い。

世界は静かだ。
青繻子の感触を持つ空には、
星が宝石と金銀の飾りを
派手にぎらつかせ、
硝子《がらす》製のやうな
淡い一輪の月を
病人の顔でも覗き込むやうに
とり囲んでゐる。


川の水が
遥かな割に、
ちよろ、ちよろと
淋しい音を立てゝ流れる。

わたしは今、目を閉ぢると、
こんな景色が見える。
さうして、
その石の家の窓には
わたしが一人
じつと坐つてゐるやうである。
また、その遥かな水音も
私自身が泣いてゐるやうである。

また、その白い月が
わたしであつて、
高いところから、
傷ついた心で、
その空虚《うつろ》な石の家を
見下ろしてゐるやうでもある。
[#改ページ]

 大正十二年


  電車の中

生暖かい三月半の或夜《あるよ》、
東京
前へ 次へ
全116ページ中65ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング